3-19 秘密の遊戯(5)
一生懸命に走った僕達は、綾が駆けだしたところまでノンストップでやってきた。
もうお互いに、完璧だったはずの変装は乱れている。
「はぁ、はぁ」
綾も僕も荒い息を吐く。
周りは僕達の尋常じゃない雰囲気に着目しているけど、自分達のことでせいいっぱいだ。
「春、大丈夫だった?」
「うん」
「綾は?」
と、僕も聞く。
「大丈夫。だってあんなのたいしたことないから」
男の子の格好をしている綾は、女の子みたいに笑う。
「それよりも、春」
「何?」
「とりみだしちゃってごめん」
「うん、いいよ」
僕は構わないというふうに手を振る。
そして、綾にかける適切な言葉が思い浮かぶ。
「綾、さっきのことだけどさ」
「え?」
「ほんとに大切なのは周りからどう思われるじゃなくて、自分がどう思うかだよ」
男の子に見えるか、あるいはお嬢様でいるか。
本当は重要ではないのかもしれない。
自分の心の欲するままにすればいい。
「でも、春の思っていることは大事」
「なら、僕は綾がそれでいいと思えるならそれでいい」
僕がそう言うと、綾がきっとんとした表情で見つめてくる。
そして、何かを悟ったように微笑む。
「そっか」
「うん」
「そういうことだよね、春。やっぱり春は春だ」
「そうだよ」
「なんか視界が開けた気分」
綾が気持ちよさそうにのびをする。
「綾」
「何?」
「あのさ、こうやって何かの指針を見失いそうになったとき、心を落ち着ける方法が一つあるんだ」
「え?」
綾が困惑した顔でこっちを見る。
僕はそんな綾をしっかり見て言う。
「空を見て、星を見て、月を見て、そして自分を意識的に立ち止らせて固定すること。それだけでいいんだ」
すべては鳥子さんの受け売り。
あのとき、鳥子さんに教えてもらったことは人体のツボだけではない。
これをすると心身ともにすっきりできる。
「そうなの?」
不思議そうな顔をした綾が聞く。
「そうだよ」
と、僕は力強くうなずく。
「綾、やってみよう」
「うん」
「準備はいい?」
「いいよ」
そして、僕達は空を見上げる。
雑踏うごめく人いきれの中、しばし停止する。
それはまるで宇宙への交信をしているかのようだった。




