1-4 直と綾の関係
車の激しい往来を迎えて、落ちたイチョウの葉が舞い上がる。
ここは都心から離れた小さな市街だけど、綺麗なイチョウ並木がある通り。澄んだ青空とのコントラストは、とてもきれいで絶景だ。
特に直みたいなスケッチや写真好きの風流人は、ここをよく好んでいる。
この場所は空との距離が限りなく近く感じるという。
前を歩く二人はスカートのプリーツをなびかせている。
若干、肩を怒らせて歩いているのは怒りっぽい幼馴染。
二人は何事かを話している。
だが、ここまでは聞こえない。
とりあえず直と綾は、僕に反省を促すために、ほんの少しだけ距離を置いているらしい。これは、二人が結託するときによくやること。
だけど、今は距離が限りなく遠く感じる。
反省といっても、何が原因か。
僕にはわからない。
さっきは思ったことをそのまま言ってしまった。
それがいけないのだろうか。
もっとも、綾に告白する男子を屋上の給水タンクの一角で見ている場面で、僕が役に立ったことなんてあったのだろうか。
もちろん、答えはなし。
そして綾も、そう思っている。
ならば、なぜか。
やはりわからない。
ただ、こういう問題が起こったときの対処法として、同じ荘の住人の美咲さんはこう言っていた。
「なにはともあれ、男はまず謝ること」
そして彼女はこう続ける。
「そうすれば女は許さざるを得なくなるからさ」
僕はこの教訓を思い出し、交差点で信号待ちをしている二人に追いついて、綾に声をかけた。
「綾」
「なによ」
綾はまだ、その不機嫌さを隠さない。
ここまで怒んなくてもいいのでは、と思うが致し方がない。
原因はこっちにある。
とにかく謝ること。
「ごめん」
「……」
「僕が悪かった」
「春」
「正直に言えば、ほんとは何がわからないんだ。でも綾が不機嫌なのは、僕のせいだから」
僕は誠心誠意を込めて言いきる。
すると綾は、苦笑しはじめた。
「そんな言い方ずるい」
「でも、その通りだよ」
「ほんと、春はばかなんだから」
「また、そうやってさ」
僕はおもわず声を上げていた。
「うん。ごめん春」
「いや、こっちこそごめん」
「うん」
「……」
「……」
こうして二人して黙ってしまう。
お互いに顔を伏せ気味にして、次の言葉を待っている。
幼馴染で付き合いも長い。
なのに、最近こういう場面が多すぎる。
「べつにさ」
「ん?」
「私そこまで怒っていたわけじゃないからね」
照れ隠しなのか、その言葉を発した途端、綾はずいぶん先へと行ってしまう。
ばたばたと、あまりお嬢様らしくない走り方で横断歩道を渡り、そのタイミングで音楽が急ピッチに鳴りだす。
そして程なくして信号が赤に変わった。
「春のばーか」
車の往来を挟みつつも、機嫌良さそうに叫ぶ幼馴染。
両手で鞄を持ち、スカートの前を隠すという全力で女の子らしい姿にもかかわらず、べぇと舌を出している。
「直、見てよアレ」
「ん」
「ひどいしぐさだよね」
「うん。でも、春はよく謝った」
「そうかな」
とは言いつつも、僕は直の変わらないように見えて変化のある表情にも満足。
ついでにと思い、直に一つ質問を投げかけた。
「直」
「なに?」
「直は綾に肩入れしてるよね」
「うん」
直が鷹揚に頷く。
「どうして?」
「私、はじまらないストーリを好ましく思っていないから」
「それ、屋上でも聞いたよ」
「うん、言った」
「ということは自分でわかるようにならないといけないってこと?」
「ん」
「ヒントは?」
「ヒント?」
「うん」
「綾には自覚がある」
「自覚?」
「そう。そして春には自覚がないんだ」
「……」
まるで禅門答。
しかし、わからないものはわからない。
ただ事実として、うちの妹は幼馴染に肩入れをしている。
思えば、いつからそうなったのだろう。記憶を探ってみるが、昔からそうだったというわけではない。
たとえば、四年前。
綾の姉の翠さんに、よく街外れの高台へ連れてってもらった頃。
あの頃、僕達は小学生だったけど、直と綾の関係は今ほど親しくはなかった。
活発な綾、おとなしめの直。
そんな感じで、案の定、直は綾を怖がり、今よりも兄らしかった僕は綾にいろいろと文句を言っていた。
そして二年前。
お互いに家庭環境が変わり、家がお隣同士でなくなった頃。
この頃も二人は、そこまで親しかったわけではない。
むしろその頃は、日常の日々に忙殺されて、交流自体が少なくなっていた。
こう考えてみれば、一年前ぐらいのような気がする。
兄思いの妹が、より幼馴染を優先して肩入れするようになったのは。