2-13 美咲の涙
疲れ果ててしまった小平さんとはバスの中で別れる。
そして小学校前のバス停で降りた僕達は、東風荘近くのいつもの坂を下っていく。
「美咲さん」
「ん?」
「あいかわらずのニューカマー殺しですね」
「ニューカマー殺し? ああ、そういう意味ね。ホントは私、そんなつもりはまったくないんだけどさ」
「どこがですか」
今日、小平さんの身に起こった光景を思い浮かべて、僕は言う。
「どこがですかって言われてもな。どうしてか私と一緒にいると相手は疲れるんだよね。じつは今回振られた理由もそれだし。春坊は疲れる?」
「疲れますよ」
「でも、そんなの関係ないや」
「そうですか」
僕はがっくりと肩を落とすが、美咲さんは気にしない。
「あーあ、どっかに包容力のある男はいないかな」
秋の夜風を受けながら、くるくる回る美咲さん。
バランスを崩して、電信柱へとぶつかりそうになっている。
「千鳥足ですよ、美咲さん」
「んー。これわざとやってんの」
「そうなんですか?」
「そうそ。なんか重力を感じたくてさ」
そう言って美咲さんは、さらにぶらんぶらんと手足を動かす。そこだけ見れば奇々怪々な動きで、イソギンチャクみたいである。
「じゅーりょーく」
美咲さんはまだ重力で騒いでいる。
と思ったが、それっきり黙ってしまった。
奇妙に動かしていた手足もだんだんとまともになっていき、そのまま歩みが止まる。
「どうしたんですか?」
僕は聞いてみるが、うつむいたまま顔を上げない美咲さん。
それを見て、酔って気持ち悪くなったのかなと思う。
しかし路上にポタポタとしずくが落ちていき、これは涙なんだろうかと思って隣を見ると、やっぱり美咲さんの涙だった。
美咲さんの涙なんか見たことない僕は、心底驚いている。
「あれ、私泣いている?」
一人ごとのようにつぶやく美咲さん。
僕は黙っているしかない。
どうすればいいかわからないのだ。
「私、どうしたんだろう。春坊」
美咲さんはさらにほろほろと涙を流す。
「ほんとにどうしたんですか?」
「わからないよ。でもなぜだか悲しいんだ」
そして美咲さんは、とうとうと語りはじめる。
「なんか、今回のことはショックだったのかな。大学の友達と街に繰り出したときは、ぜんぜん悲しくなかったのに。どうしてだろう。今はとても悲しい」
そう言って涙をぬぐう。
「きっと春坊のせいだな」
こつ、と拳で額を殴られる。
しかしいつもの乱暴な美咲さんではなく、心の内側まで響く優しい拳。
僕には美咲さんとその男のあいだに何があったのかはわからない。
でも、美咲さんと彼は繋がっていたのだと思う。
だからその輪郭を失って、戸惑っている。
「美咲さん」
「ん?」
「大丈夫ですよ」
「何を言う」
「また朝が来るんですから」
なぜだかわからないけど、そんな言葉が飛び出す。
言われた美咲さんは、ほうけたように僕を見る。
けど、ふふふと笑いだした。
「春坊のくせに生意気な」
「いてて」
今度はきつい拳をお見舞いされる。
でも、表情はいつもの美咲さんに戻っていく。
「春坊のばーか。そんなこと言うな」
「すいません」
「でも、なんだが悲しくなくなった」
ノビをしながら言う美咲さん。
「そうですか。良かったです」
「ああ、良かったよ。でも良くないこともある」
「え、それはなんですか?」
「春坊にお礼を言わなくはならないことさ」
「お礼?」
「そう、お礼だ。こんなこと言うのははずかしいから一度だけだぞ」
美咲さんが僕を見つめる。
「ありがとな」
そして美咲さんは、僕の頭をくしゃくしゃと撫でてきた。




