2-12 カラオケ(3)
「せっかくだから三人でカラオケ行かない?」
バスを降りてすぐ、美咲さんが小平さんに提案する。
「真由っちならいいよ」
しかも、下の名前で呼んでいる。
「どう? 春坊」
「僕もいいですよ」
しかし小平さんは、どうしてこんな展開になったのかと腑に落ちないような顔をして言う。
「私は、買い物に来ただけです」
「え、いいじゃん」
「それに坂本なんかとデートしたくありません。こいつは顔がいいだけで女の子にちやほやされる優柔不断なんです」
「そうなんだよな。しかもアンニュイ系だし。顔がいいかは見方によるからわからないんだけど、意外ともてそうな感じで、でもそのチャンスをふいにする感じでもあるんだよね」
なぜか僕があて馬にされている。
おかげでとても居心地が悪い。
「まあ、それはおいといてさ。真由っちも行こう」
「その呼び方やめてください」
「いいじゃん、真由っち。で、行くんでしょ」
「私は買い物が」
「はい、それはまた今度」
「でも」
「いいの」
こうして、美咲さんのペースに乗せられた小平さん。
僕達と一緒にカラオケへ行くこととなる。
「坂本、勘違いしないでよね。私は二人がへんなことしないかどうか見守りに行くだけなんだから」
「なにそれ?」
美咲さんが豪快に笑ってる。
「坂本、聞いてるの」
「うん、聞いてる」
そして結局、こじゃれたカラオケ店に三人で入った。
案内にされた部屋に入った瞬間、美咲さんは即座に店員を呼び付け注文。
カラオケの券を使ってしっかりと割引もおこない、注文したサイドメニューがどんどんとやってくる。
「なんで飲み物は全部オレンジジュースと生ビールなんですか」
「え、いいじゃん」
「それにサイドメニューは揚げ物やフライドポテトでバランス悪いし」
小平さんもショートカットをいじりながら文句を言っている。
「こら、文句を言うな中学生達」
「小平さん、この人はいい加減だから」
「ほんとにそうね」
そう言われても、やはり美咲さんには何の効果もない。もう既に、自分の歌いたい曲を入れていて、臨戦モードに入ってる。
こういうのは楽しんだもん勝ちなんだろう。
小平さんと僕は、一緒になってため息をつく。
ここに来て、初めてわかりあえた気がした。
「ほら、何してんの二人とも。私が三時間全部入れちゃうぞ」
振られたとは思えないくらいテンションの高い美咲さん。
リモコンをぷらぷらさせながらそんなことを言う。
「待ってください」
「ん? 真由っちも歌うのかい」
「はい。私も入れます。で、坂本は?」
「一応、僕も歌うよ」
「ふーん。それは意外」
「こう見えて僕は歌う方」
歌は上手いとか下手とかはべつにして好きである。
歌うことにも特に抵抗はない。
「んー。じゃあ、しょうがないな。二人のぶんの時間も開けといてやろう」
とはいうが、最初の一時間半は美咲さんのメドレーが確定。
じつは、これがけっこうしんどい。
なぜなら美咲さんは、自分が気持ちよく歌うだけの歌い方をするし、何より演歌が好きで、僕達は聞いていても中々乗れない。
つまり、退屈をもてあます。
しかも美咲さんは、自分の歌をしっかりと聞くのを強要してくる。
なので、体力まで消耗する。
「さ、坂本」
「何? 小平さん」
「い、いつまで続くの?」
「もう少しだよ」
「……」
小平さんから声にならない叫びが聞こえた。
「もう疲れたよ、パトラッシュ」
「がんばろうって、小平さん」
こっちはこっそりと声援を送るしかない。
そんな中でも、美咲さんはあいかわらず気持ちよさそうに歌っている。
「しかも、なんだか眠いんだ」
「眠っちゃだめだ。小平さん」
「じゃあ坂本、私の話を聞いて」
「うん。なんでも聞くから」
「私生まれ変わったら木になるの。木の一部になって、風や訪れる鳥達を感じるの」
とうとう壊れてしまった小平さん。
僕は頭を抱える。
「ねぇ、小平さん?」
「ん?」
「これがデートに思える?」
「ごめんなさい」
「思えないよね」
「私が悪かったです」
そうして美咲さんの一人メドレーが終わった頃には、小平さんは歌う元気がなくなっていた。結果、彼女は最後まで歌うことができなかった。
「終わったぁ、坂本」
「うん」
「楽しかった? 真由っち」
まだまだ元気な美咲さんが笑顔で問いかけてくる。
「は、はい」
これこそが、美咲さんのバイタリティーのすごさに恐怖の片鱗を感じた瞬間だ。
こうして今回の美咲さんとのカラオケは、小平さんにトラウマを植えつけただけになってしまった。




