2-7 銭湯(2)
銭湯からあがって待合室に行くと、すでに直がいた。
いつもは直より僕の方が早くあがっていて待っていることが多いけど、今日はまさかの逆である。
直は両手で瓶を持って、こくこくと牛乳を飲んでいた。
これも、あまり牛乳を飲まない直にしては珍しい。
とにかく、僕は直に声をかける。
「直」
直が牛乳瓶を持ったまま、くるりと振り向く。
その可愛らしいしぐさに微笑ましく思いながら言う。
「牛乳飲んでいるんだ」
「ん」
「珍しいね」
「なんとなく飲もうと思った」
「じゃあ、僕も飲もうかな」
やっぱり風呂上がりの定番といったら牛乳。コーヒー牛乳もありだけど、牛乳の方がよりふさわしい。
「さて」
僕は自販機のそばまで行って、牛乳を探す。
売り切れになっていたら、どうしようかと思ったがちゃんと置いてある。
なので、それを買って直のところまで戻ると、直はすでに牛乳を飲み終えていた。
「春」
「なに?」
「お願いがあるんだけど」
直のお願いと聞いたら、もうピンとくるものがある。
スケッチだ。
僕は直の言うであろう言葉を制して、牛乳を飲む姿勢を身体で表現してみる。
「こう?」
「さすが、春」
そして直は、ポケットからメモ用紙を取り出し、さらさらとデッサンを開始する。
直の要望通り、二、三分だけその姿勢。
もう銭湯の営業も終わりに近いせいか、まわりには誰もいない。
よくあることとして、直がデッサンしているあいだ僕がポーズをとっているのを不審がる人なんかがいるけど、今日はその心配もいらない。
「出来た」
「え、終わったの?」
「うん。あ、もうちょっと」
「わかった」
「よし、今度こそ出来た」
その直の言葉を聞いて、姿勢を崩す。
そして一気に牛乳を飲みほし、一息つく。
「ふう」
口をぬぐいつつ、直に言う。
「やっぱり直は描くの早いね」
「デッサンは早く書けるのが取り柄」
「そうだった」
僕は直の絵を見ながら納得する。
「さて、そろそろ閉まる時間だ」
「ほんとだ」
「出ようか」
「ん」
直と僕は、急いで帰る支度をする。
そして程なくして準備を終え、店頭の人にあいさつをして外に出た。
外に出ると、気温が下がっていて肌寒い。
「あ、星」
直が夜の空を見上げて言う。
空を仰ぎ見れば、星がたくさんある。
「やっぱり秋の空は澄んでいる」
「そうなの?」
と、僕は聞き返す。
「そうだよ」
「へぇ~」
僕にはその違いがわからない。
けど、直が言うのならそうかもしれない。




