1-2 幼馴染
話題は給水タンクから、直の屋上の平和を守る話にシフトしていたが取り止めになった。
屋上へと続く階段の音がかすかに聞こえてきて、いつものように悟る。
「もう少しで綾がきそうだ」
「ん」
「静かにするか」
ところで、僕たちがなぜこんなところにいるのか。
それは幼馴染、綾の要請である。
遠藤綾は、世間で通ずるところのお嬢様で、クラスでも人気が高い。
男子がクラスで好きな人を話すときも、決まって綾の名前が出てくる。
また綾のファンクラブもある。
なので綾はよく告白されるのだが、その場所を屋上に指定していて、僕達に見守ってくれるよう指示していた。
しかし、こうしていつも如才なくお嬢様として君臨している綾だけど、その実態はだいぶ異なる。
彼女は猫かぶりなのである。
僕に対しての態度は、もっと活発でわがまま。じゃじゃ馬であれこれ命令し、好き勝手し放題で怒りっぽい。
もちろん、それをクラスでは、出していない。
だから誰も知らないし、知ることもない。
しかも知らないで言えば、僕と綾は重大な秘密を共有している。
そしてそれは、もはや禁じられた遊戯に近い。
「春」
直の呼ぶ声で、僕は現実に引き戻された。
「なに?」
「私、いつも思うんだけどね」
「うん」
「始まらないストーリーって無性に切なくなるんだ。どうしてわからないんだけど、そんな気持ちになってしまうの」
それは口数の少ない直にしては、珍しく長いセリフ。
しかし、僕には意味がわからない。
「そうなの」
「そうだよ」
「僕にはわからないな」
「ううん。そんなことない」
「どういうこと?」
僕がそう聞くと、直は僕を見つめてきた。
切れ長の視線がいっそう細められて、内心すべてを見透かされるような気持ちになる。
もっとも、僕に何の含みもないのだから、見透かされるも何もない。
「そのうちわかるよ」
「教えてくれないの?」
「自分でわかって」
「そっか」
「ん」
「でも、わかるようになるのかな」
結局、僕は納得できないでいた。
僕たちは双子に間違われるくらい外見が似ている。
なのに、感じるところはまったく違っている。
「あ、もうくるね」
「ほんとだ」
直がそう言ったと同時に、屋上に繋がるドアが開く。
入ってきたのはもちろん綾。
それと名前は知らない同級生の男子。
いや、門松くんだ。
二人は、晴れている日には富士山が一望できる屋上のスポットまでやってきて、お互いに対峙した。
そう、これから行われるのは儀式だ。
定番の型となりつつある、いつも儀式が始まるのだ。