4-8 アクアリウム(2)
ラッコの殻を割っている姿がかわいい。
アザラシの急な方向転換がかわいい。
などと、綾は嬉しそうに理由を上げていたが、やっぱり一番かわいいと思っているのはイルカだった。
「水族館の中で好きな動物は?」
「イルカ」
「やっぱり」
「え?」
「なんでもない」
予想通り綾はイルカが好き。
なので、あの夏祭りのぬいぐるみも大事にとってあるんだろう。
きっとそうに違いない。
「あのさ、綾。さっきもらったパンフレットを確認したけど、もう少しでイルカのショーが始まるらしいんだよね」
「え? ほんと?」
「あ、うん」
綾が僕の手にあるパンフレットを覗き込む。
綾のあどけない顔がものすごい近くに寄ってきて、僕はどぎまぎする。
「で、そこに行かない?」
「うん。行く。もちろん行くからね」
そうして僕達はイルカのショーをやる場所に向かう。
そこに着くと、イルカの鳴き声が聞こえる。
――キュルルキュルル。
――キューイキューイ。
イルカは鳴いているけど、まだまだ準備中らしい。
ただ、それが功を奏したのか、僕達は前の方の席に座ることが出来た。
「春、こんな特等席で見れるなんてラッキーだって。ね」
綾がイルカを指差して、かなり嬉しそうに言う。
今の綾のはしゃぎっぷりといったら、確実に今日一番である。
「そうだね、綾」
僕がそう言うと、綾はこっちを見て訝しげな顔をする。
「春」
「ん?」
「なんか私ばかり楽しんでいる気がする」
「そんなことないって」
僕はすました顔で言う。
「ほんと?」
「ほんと」
「ほんとに?」
「ほんとに」
「ほんとかな?」
「ほんとかな」
「あー、今、ほんとかなって言った」
いつのまにか揚げ足取りをされていた。
「いや、楽しんでるって」
「ふーん」
もはや定番となった綾の詰問をのらりくらりとかわしながら、イルカショーが開始する時間まで待つ。
そしてこの時、かなり雰囲気が良かったので、ここ最近避けられていた理由でも聞いてみようかとふいに思ってしまった。
けど、すんでのところで思いとどまったのだから僥倖といえよう。
というのも、それが無遠慮な質問だと本能的に悟ったからだ。
考えてみれば、今こうして普通に出来ているわけである。
なので、それを壊す理由などどこにもない。
過去は振り返るだけいい。
そんなに重要なことではない、
大切なのは今と未来。
それだけだ。
「春? どうしたの?」
「あ、なんでもないよ」
「春、なんか今日はそればっかり。いや、最近はいつもそうだし」
綾が不満を述べる。
たしかに綾の言う通りである。
「そうだね。僕の悪い癖になっているかも」
「じゃあ改善してよね」
「うん。善処する」
やがて人が集まりだし、イルカのショーも始まる。
イルカのショーは期待に沿ったもので、トレーナーの出した合図に従ってさまざまな芸をこなしていく。
中にはかなり派手な芸もあって、こっちに水しぶきが飛んでくるくらいの迫力があった。
「あっ」
それで、飛んできた水しぶきの犠牲には僕達もなる。
人によっては額に髪が張り付くほどの水しぶきだ。
「春」
綾が呼ぶので、僕は隣の方を向く。
すると、予想だにしない光景が広がっていた。
「あ」
「み、見ちゃだめ」
綾が頬を染めたまま、憮然とした表情で言う。
もちろんそんなふうに叫ぶのは理由がある。
それは白を基調とした服を着ていたからで、下着の線が透けて見えてしまう。
「ごめん」
僕は謝るが、チラついた残像が離れない。
とりあえず淡い色ではないことがたしかだった。
「いい、不可抗力だし」
綾がぼそっとつぶやく
「でも、乾くまであっちむいてて」
そして、さらに一言付け加える。
「うん。わかったよ」
僕はというと、返事をする前からとっくにそっぽを向いている。