4-6 旅の始まり(2)
途中乗り換えなどもこなし、いろんな電車に揺られて二時間。
綾と僕は話をしたり景色を眺めたりしながら、旅を満喫していた。
西へという大まかな方針が決まっていたので、僕は綿密な計画を立ててある場所に向かっている。
そこは駅の終点で、海があって、水族館があるところ。
水族館は綾と旅をすることになってから決めた。
理由はこの前の勉強会で綾の部屋に入った時、イルカのぬいぐるみが置いてあったからだ。
これを思い出して、ここへ行くことが鉄板になった。
「綾、そろそろ着くよ」
「……うん」
綾は少し前から眠っていて、僕の肩に頭をあずけている。
その格好をたしなめようと思ったけど、起こすのもあれなのでそのままにしておいた。
「ほら、起きて」
僕は綾を揺り起そうとする。
けど、綾は身じろぎしながらも目をぱっちりと開けてきた。
そして、あどけない綾の顔がさらに幼く見えるようなしぐさをしながらつぶやく。
「春?」
「そうだって」
「ここどこ?」
寝ぼけているのだろうか。
あまり焦点があっていない。
綾の寝起きの悪さは相変わらずである。
「綾、ここは電車の中で僕達は旅をしている途中だよ」
「旅? あ、そうだった」
少しずつ覚醒してきたのか、徐々に頬の赤みが戻ってくる。
「私、寝てたんだ」
「うん。そうだね」
と、僕はうなずく。
「春、私の寝顔見たの?」
綾が手櫛で髪を整えながら、恥ずかしそうに聞く。
さて、どう答えればいいのだろうか。
僕にはわからない。
実のところ、寝顔どころかそれ以上のことをしてくれた。
正直、女の子らしい甘い香りが漂ってきてせいいっぱいだったのだ。
「私、やっぱり見られたの?」
「えっと、見られてないかな」
一応、事実である。
事実で間違いない。
「そっか」
綾はほっと胸をなで下ろす。
「それにしてもさ、綾、いきなりかくんって寝たよね」
「それは」
その先の言葉が続かない。
自分の不始末を恥じているようだ。
「そういえば昔もそんなことあったっけ。秘密基地で遊んでいた時に綾がいつのまにか寝ていたこと」
綾も思い出したのか、一気に顔を赤くする。
「何よ。そんなこと言わなくたっていいじゃない」
「いや、急に思い出してさ」
「ふんだ。私だって寝るつもりなかったし。ただ、春と旅に行くことになるっていうから楽しみで眠れなく……な、なんでもないわよ」
「そっか」
「何納得してるの?」
「いや、楽しみにしてくれたんだと思って」
「そ、そんなこと言ってないんだからね」
「そうかな」
「言ってないの」
そんな主張を懸命になってしてくるが、やはり説得力がない。
それもそのはずで、僕にはしっかり聞こえていた。
楽しみで眠れなかったと。
綾も楽しみにしてくれていたという事実が、僕に勇気をもたらしてくれる。
それは物事を円滑に進めるための希望の灯に違いなかった。
「春のばか」
「なんでさ」
「春はばかなんだから」
いきなり頬をつねってくる綾。
それすらも愛おしく思えてしまうのだから、今の僕は相当まいっている。
けど、それは絶対で、最強で、とてつもないスパイラル。
すべてを凌駕するような幸福の境地でもあり、安らかで朗らかな気持ちでいられた。
「春、何笑ってるのよ」
「笑ってた?」
「笑ってた。また私のことばかにしていたんでしょ」
「違うよ」
「違わない」
「違うって」
そうだ。
綾の大いなる勘違いこそ笑おう。
「春、やっぱり笑ってるじゃない」
「うん、今度は笑ってるよ」
僕がそう言うと、綾がまたふくれる。
その姿こそ、形なきかげがえのないものだと思った。
一年弱も更新をしていなくてごめんなさい。少しずつ思い出して、お話をつなげていけるように頑張っていきたいです。応援よろしくお願いいたします!
(ちなみに新しい連載小説――『幼馴染の彼女にしておく』も投稿しました。こちらもお目通ししてもらえばと嬉しく思います)