4-3 願掛け
翌日の放課後、僕は東風荘の五号室のチャイムを押していた。
もちろん、奏ちゃんに話をする約束の日だからである。
「春くん?」
「そうだよ」
僕の返事を聞いて、奏ちゃんがドアを開ける。
奏ちゃんは制服だった。
僕達が目指している高校のだ。
「どうぞ」
当初約束していた通りに、僕は奏ちゃんの部屋に入る。
この部屋を訪れたのは引っ越しの手伝いをした時以来だけど、部屋はすでに生活感あふれる空間になっている。
ダンボールは片付けられているし、あるべきところに物がある感じだ。
しかし間取りは同じなのに、受ける部屋の印象は全然違うもの。
「春くん、恥ずかしいからあまり部屋を見回さない」
「あ、ごめん。奏ちゃん」
すかさず謝る。
「とりあえずそこに座って」
「うん、わかった」
僕は指定された場所に腰を下ろす。
そこはコタツの前で、中に入るとスイッチが入っていて暖かい。
コタツの暖かさは人を幸せにさせる。
「春くん。カフェオレと緑茶どっちがいい?」
「なんだかすごい二択だね」
「ごめん。私、基本的にはそれしか飲まないみたいなの」
「そうなんだ。じゃあ緑茶で」
「緑茶ね」
上機嫌でそう言い、お湯を沸かす準備をする奏ちゃん。
僕はその様子を見守りつつも、話を切り出すタイミングを考える。
さて、単刀直入に言おうか。
それとも、雑談をしてから言おうか。
絵里ちゃんの時は雑談をしてから言おうと思ったせいか、うまく切り出せなかった。
だから、単刀直入に言うべきなのかもしれない。
「はい」
やがて準備を終えた奏ちゃんが、湯飲みと急須を持って座る。
座った場所は、もちろん僕の向かい側だ。
「お茶入れるね」
「ありがとう」
奏ちゃんは急須をかたむけて、お茶をついでくれる。
僕は今だと思い、話を切り出す。
「あの、奏ちゃん。メールで言った話がしたいとのことなんだけど」
「あ、そうだったね」
「僕は奏ちゃんに報告しなければならないことがあるんだ」
ここで一息つくため、お茶を口にする。
お茶は熱くて、申し訳程度にしか飲めない。
「あのさ、今度僕は綾に告白しようと思っている。だから、奏ちゃんの好意に報いることはできないよ」
絵里ちゃんの時と同じく残酷な宣言。
けど、僕は躊躇しない。
優先順位が決まっているからだ。
「そっか」
と、奏ちゃんが言葉をもらす。
「うん。ごめん」
僕が謝ると、奏ちゃんは特徴的なおさげ髪をいじりながら口を開く。
「春くん。貴方が謝ることはないよ。だってそれこそが春くんの純粋な恋の形なんだから。そう言われたら私はそれを受け入れるだけ。それに私はね、春くんと綾ちゃんの二人ならやぶさかでないと思っているの。これまでの不器用な二人を見ていると、いたたまれなくなっちゃうし」
奏ちゃんが自分の湯飲みにもお茶をつぐ。
そして熱いのにも関わらず、それを一気に飲み干す。
「私、応援しているからね」
「奏ちゃん、ほんとにありがとう」
「ううん。どういたしまして」
奏ちゃんが笑顔で微笑む。
「春くん」
「ん?」
「私がうまくいくための願掛けをしてあげるから」
そう言って、奏ちゃんがいきなり立ちあがる。
「えっと、どこにあったっけ」
などと独り言をつぶやきながら、部屋をうろつく。
「あ、あった」
やがて奏ちゃんは目的の物を見つけたらしい。
それを持って、僕の方にやってくる。
「春くん、困った時に開ければいいよ」
見れば、奏ちゃんの掌には小さな箱が乗っている。
何が入っているのかは窺い知れない。
「これ、何?」
「秘密」
「僕が手にしていいの?」
「うん。もらって。私の想いを託したものだし。それにこれを見たら、私の言葉を思い出すはずだからね」
奏ちゃんは確信を持った瞳で告げてくる。