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3-13 居酒屋(2)





「はーい。南無阿弥陀仏入りましたっ」


「南無南無っ」


「南無南無っ」


 美咲さんの注文にそんな声が飛び交う。

 何を言っているのだろうかと思ってはいけない。

 ここはそういう店だと理解する。


 メニューにも霊界を絡めた言葉がちょくちょく入っている。

 例えば、髑髏串揚げや地獄のスペアリブとか。

 このようにサイドメニューにはへんな名前が付けられていて、それがこの店の大きな特徴だといえる。


「春坊」


「何ですか」


「この店はどうだい?」


「えっと、個性的ですね」


 隣では、幽霊に扮した可愛らしい店員が、客と南無阿弥じゃんけんをやっている。

 いや、何を言っているのかと自分でも感じるが、そうとしか表現できないのだから仕方がない。

 ちなみにこのサービスは、メイド喫茶のじゃんけんを思い浮かべてくれればいいと思う。


「で、どうなんだい?」


「何がですか?」


「かわいい女の子がいっぱいいること」


「どうって言われても困りますが」


 まったくもってそうとしか言えない。


「そうか。困るんだな」


 美咲さんは僕の表情をじっとのぞき込んで、さらに言う。


「私はだね、春坊の決心が本当なのか見極めようと思ってここに連れて来たんだよ」


「え? そうなんですか?」


「なわけないけどさ」


 美咲さんの言葉を聞いて、僕はがくっとする。


「ホントはさ、私の気分が御愁傷様だからここに来たわけだ」


「……」


「まったく。まさか十日で振られるとは想像もつかなかった」


 美咲さんは肩をいからせて憤慨する。

 どうやら、美咲さんの愚痴が始まったようだ。


「春坊は私の魅力に陥落させられなかったけどさ、私ってそれなりだと思うんだよ」


「そうですね」


「ほら、この辺とか。私って、いい女じゃないか?」


 いきなり胸をたくしあげてくる美咲さん。

 たしかにボリュームはあるけど、とりあえずは止めてほしい。

 せめてTPOをわきまえてくれればと思う。 


「どうにか言え、春坊のばか」


 お酒が入っていないのに、すでにテンションが高い。

 なので僕は、美咲さんの機嫌を損ねないように返事をする。


「美咲さん、魅力的ですから」


 けど、美咲さんは予想だにしない切り返しでくる。


「あ? それでいいのか、春坊。オマエは幼馴染に告白するんだろう? まあ、安パイのような気がするが」


「そんなことないですよ」


「その弱気はどうしたっ! しっかりしろーっ!」


「と、とにかく、まずは落ち着いてください」


「何を言うか。私は落ち着いているぞ」


 とは言うもの、まったくもって落ち着いていない。

 美咲さんのテンションはうなぎ登りで上がり続けていく。


 そしてメニューが来てからは、僕が決心をつけた理由について白状させられ、一週回ってまた美咲さんの振られ話に舞い戻ってしまう。


「くそーっ。クリスマス前に振られるなんてみじめすぎるじゃないか」


 クリスマス。 

 確かに近い。

 街のイルミネーションはそれ一色で、ハロウィンがあっという間に忘れさられたような感じになっている。


「あー春坊。その時は幼馴染の彼女いるからいいもんね、って今思っただろ」


 あいかわらず絡み酒の美咲さん。 

 僕はそんな美咲さんに適当な言葉を返す。

 すると美咲さんは、とろんとした目で僕の言葉を聞き、また文句を言う。


「ばかやろー。たしかにそんな顔をしていただろー」


 呂律があまり回っていない。

 酒の強い美咲さんにしては珍しい。


「美咲さん」


「ん?」


「僕はいつも飲みすぎだと思っているんですけど、今日はとくに飲みすぎのような気がするんですが」


「飲みすぎだって?」


「はい」


 僕はうなずく。


「何を言うか。そんなのはいいんだよ。それよりも今、私は憤っている。私は振られたことも悔しいけど、春坊が一人前に告白しようとしていることも悔しい」


 美咲さんが顔を赤くして言う。


「あの、それはどういうことですか?」


「春坊、どういうことかって聞かれたらこう答えるさ。応援はしているけど、それとこれとは話が別なんだよってな。だから悔しい」


「そうですか」


「ああ、そうなんだよ」


 美咲さんは自分でも納得がいってないという表情をしながら言う。

 僕にも、その美咲さんの複雑な感情がわからなかった。



  



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