3-12 居酒屋(1)
ボーリング場にはずいぶん長くいた。
さながら耐久戦でもしているかのように、美咲さんと僕はボールを投擲し続け、最後の方は言葉もなく、何かと戦っているかのようにピンを倒していった。
調子の良い美咲さんは百八十という高いスコアを出したりもした。
僕もコツをつかんできたのか、それなりにピンを倒すことが出来た。
こうして終わった時には、充実感でいっぱいになった。
「よし、これで飲みにいけば完璧だぞ、春坊」
「ということは、ここからが本番なんですよね」
「そうさ、ここからが宴の始まりだね」
美咲さんが嬉々として言う。
僕はこれからが大変だと思い、一つため息をつく。
ため息は夜空に溶けて消えていく。
「にしても、春坊。春坊は自転車の運転がかなり丁寧だな」
「そうですか? 僕はそうは思わないんですが」
「そんなことないぞ。もしかして全然疲れてないんじゃないか?」
「いや、それはないですよ」
もちろん自転車を漕ぐ足にも負担を感じる。
つまり、それほどの疲労が残っているということだ。
これは後日、筋肉痛になりそうな気配でもある。
「で、家の方に戻ってきていますけど、この道はどっちへ行くんですか」
「こっち、駅前の方だよ」
「わかりました」
僕は美咲さんに指示された方向に進んでいく。
途中、イチョウ並木道と学校を通り、完全に駅方面に向かっていることがわかった。
「それでどこ行くんですか?」
「居酒屋」
「えっと、そこは中学生が入れるんですかね」
僕は疑問に思ったので聞いてみる。
「大丈夫。心配しなくても」
「そんなので大丈夫なんですか」
「もちろん」
後ろの席で美咲さんが適当に返事をする。
なので僕は、いろんなことが心配になってきた。
「そもそもこんな時間に中学生を居酒屋に連れていく女子大生なんていませんよ」
「そうだな。でも、私が連れて行きたいんだもんね」
「そうですか」
結局、僕は美咲さんの説得を諦めて、その居酒屋にまで連れていく。
場所は予想通り駅前だったけど、想像の範疇をはるかに超えている店だった。
「幽霊居酒屋?」
しかも、入りづらい雰囲気を醸し出してもいる。
「そう。幽霊居酒屋」
「あの、それってなんですか?」
「文字通り幽霊が業務している居酒屋」
「えっと、まったく意味がわかりませんが。ともあれ、こういう変わった色物の店をよく見つけますね」
「まあね。私、飲み友達の知り合い多いから」
「そうですよね」
お酒が好きな美咲さんのことだ。
もっといろんな店を知っているに違いない。
「さあ、春坊。こんなところにたたずんでいないで早く入るぞ。私の愚痴も聞いてもらわなくちゃいけないし、春坊のいきなりの告白の経緯も聞かなきゃいけないからな。今日は徹夜になるくらい長い夜になるぞ」
「はい。それはここに来た時点で覚悟していますよ」
「そうか。それならよし」
気分良く抱きついてこようとする美咲さんを避けながら、僕達は店に入る。
店内は外観よりもさらにへんな感じで、まるでお化け屋敷みたいである。
薄暗く、真夏の夜の湿った空気がいまにも漂ってきそうで、恐怖のBGMが流れているのもポイントが高い。
模倣の卒塔婆や墓などがあって、背筋がぞくっとしてくる。
ふいに、絵里ちゃんをここに連れてきたくなる衝動に駆られてしまうほどだ。
「初めてのお仏様ですか?」
「え?」
かなり美人な店員らしき人が、いきなりにゅっと現れて聞いてくる。
この人は冷たい感じの美人ではなく、メイド喫茶にでもいそうな明るい感じの美人だ。
ちょっと不可解だと不覚にも思ってしまう。
「ほら、春坊。返事は」
美咲さんが楽しそうににやにやしている。
けど、それを気にしてはいけない。
とりあえず店員に向きなおり告げる。
「はい、初めてです」
「それなら、この度は御愁傷さまでしたっ」
「えっと」
語尾に音符マークがつきそうなくらい朗らかに言われても対応に困る。
なのであいまいにうなずくと、にこっと微笑みかけられた。
とにかくかわいい笑顔だ。
洗練されている感じがする。
さて、対応はどうしようか。
ますますわからない。
「ほら、春坊。やっと一人の女の子に告白する決心が着いたのにデレデレしない」
「何を言うんですか、美咲さん。僕は驚いているだけです」
「そんなの言い訳にしか聞こえないぞ」
「す、すいません」
僕が謝ると、にやりと笑う美咲さん。
どうやら、僕があっさりと白旗を上げたのを喜んだみたいだ。
「まあ、春坊も男だしな」
僕は何も言わない。
「さあ、飲むぞ」
美咲さんがボリュームのある髪をかき上げて、大声で言う。