3-9 ボーリング(1)
見覚えのない道を進んだ先にあったのは、派手な看板と過度な装飾がされたボーリング場だった。
僕は美咲さんの先導でここまでやってきたけど、やはりこの辺には見覚えはない。
周囲には広いだけの更地と、申し訳程度の家がぽつねんと広がっている。
この土地を有効に生かしていないのがよくわかる現状だ。
郊外という言葉がぴったしである。
「なあ、春坊。あれ、ゆるキャラっていうのか」
美咲さんが看板を指差して言う。
そこにはピンを擬人化したキャラクターが、招きネコよろしく客を誘おうとしている。
けど、あまりかわいらしいキャラクターではない。
効果は全くなさそうだ。
「ゆるキャラってもっとほんわかしたものだと思いますよ」
「そうだよな」
「てか、美咲さん。ここは初めてですか」
「いや、だいぶ昔に一回だけ来たことある。けど、前はあんなキャラクターなんか書かれていなかったさ」
「そうですか」
「ここら辺、私も来ないからなー。今日はいつもしていないことをしてみたくなったわけだ」
「あ、それは前に話したあれですね」
「そうそ」
自転車を駐輪場に止めて、やけに重そうな扉のドアを開ける。
中は採光十分だったけど、とにかく人がいない。
レーンとボーリングの玉置き場が稼働している音しか聞こえなかった。
もちろん、今の時間が営業外というわけではない気がするが。
「美咲さん、ここは大丈夫ですか?」
僕はこっそりと耳打ちをする。
「何言ってんだい、春坊。私達はラッキーじゃないか」
「え?」
「ほぼ一人占め状態。いや、二人占め状態だぞ」
「まあ、美咲さんの言い方ですとそうなりますけど」
とにもかくにも、美咲さんと僕は受付に向かう。
すると、受付には見知った顔。
前に高校の文化祭で見かけた謎のバニーガールダンサーズである。
忘れっぽい僕でも、あの日の出来事は鮮明に覚えている。
「春坊、どしたの?」
「いや、なんでもないです」
知り合いでもないから、どうするべきか悩んだところで意味がない。
なので、そのままやり過ごそうとしたところで声をかけられた。
「君、文化祭の時の私の顧客っ」
「違うよ。私達の顧客だってば」
「真菜、ごめん。そうだったね」
「桜、いいよ。気にしないから」
「私、いつものように先走りしちゃったよ」
「私だって、先走りしまくっていたってば」
もはや客をそっちのけで、二人だけの世界を展開する。
ハレの日特有の浮かれた感ではなく、これが彼女達の素顔なんだろう。
「あの、すいません。手続きしたいのですが」
そんな二人に美咲さんが声をかける。
「「あ、はいっ」」
そして、二人同時に返事。
見事にかぶっている。
「「あ、すいません」」
さらには二人同時に謝ってしまう。
しかも、ごつんと机に頭をぶつける。
くしくも同じタイミング。
「うぅぅ、真菜。私、このアルバイトは向いてないかもしれないよ」
「そうだよね、桜。私達が働いてから客が減少している気がするし」
「そういえばさ、あれはどうしよっか」
「え? 何? あれってなんのこと?」
「知り合いにあった時の対処法として妄想していた、スペシャルバージョンのあれ」
「あ、それやりかったよね。でも、このままだとすることもなくクビになっちゃう」
見てる分には面白いが、それだと話が進まない。
そろそろだと割り込むべきだと思ったのか、美咲さんが口を開く。
「あのさ、そのスペシャルバージョン見たいんだけどな」
口を開いたのはいいが、二人を増長させるようなことだった。
「え? ほんとにいいの? 私達の顧客の知り合いさん」
「さすがは私達の顧客の知り合いさんで。エクセレント」
口々に賛美を唱える二人組。
「なあ、春坊。オマエはあの二人と知り合いなのか?」
「いえ、違います。まあ、他人以上知り合い未満だと思いますが」
ともあれ、二人のアップテンポなミュージカルが勢いよく始まっている。
「うちはただのボウリング場」
「だから、再三採算困ってる」
「客足はマイナーな部のようにスカスカ」
「周囲もマイナーな部のようにスカスカ」
「だけど、やっぱりボーリング」
「すかっとするのがボーリング」
歌詞はたいしたことないのだが、踊りがすごい。
二人の息がぴったしで、おもわずみとれてしまうくらいである。
けど、こうして僕達が感嘆しているのに、二人はずーんと落ちこんだ表情になっていく。
「真菜、私達はさ、どうやらやりすぎたかも」
「桜、真実は時に自分を傷つけるんだってば」
なぜか悲しいくらいに沈んでいる。
前に時もそうだったけど、どうしてそうなるのだろうか。
「あの、それをやる意味はわからないんですけど、出来はすごく良かったですよ」
「「え? ほんと?」」
声を揃えて言われても、どっちを向いてしゃべればいいかわからないから困る。
「えっと、ほんとですよ」
結局、その中間辺りを見つめる。
「「ありがと」」
「いえ」
「「私達の顧客とその知り合いはさすがですっ」」
とりあえず、二人のシンクロ具合には驚くばかりである。