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3-7 ワンワンワン






 夜なので、とっくに日は暮れている。

 吐く息は白く、冬を感じる寒さだ。

 道ゆく人もコートなんかをはおっていて、僕はもう少し厚着をしてくれば良かったとひそかに思う。 


「あのさ、私にいいプランがあるんだよね」


「その言葉は聞き飽きましたけど」


 ただ、レパートリーだけは豊富な美咲さんだ。

 新しいことに驚かず、しっかりと対処しなくてはいけない。


「今日はまともな方だからさ」


「そういうことを自分で言いますか」


 僕は批難の視線を投げかける。

 けど、美咲さんは意に介さない。


「まあ、とりあえずは自転車を使おうかと」


「自転車?」


「うん」


「ということは近場ですか?」


「その通り。最近できたある遊戯施設に向かおうかと思ってね」


 なんだろうか。

 僕にはわからない。


 とりあえず美咲さんが自転車置き場に向かうので、僕もついていく。

 ここには美咲さんからもらった自転車がある。

 それと美咲さんがもらい受けた原付もある。


「そういえば私、最近は原付にしか乗ってないからな」


「あ、それは前に振られた時以来ずっとそうなんですか?」


 言ってからしまったと思う。

 恐る恐る美咲さんを見れば、目に怒りが灯っている。


「今日の春坊は失言が多いと思うぞ」


「そうですね」


「政治家でもそうだけど、失言が身を滅ぼすんだよな。ふふふ」


 怖い。

 引きつき笑いが恐ろしい。

 さらには修羅の顔をしている。


「どうしたんだ? 春坊」


「あの、全力で謝罪させていただきます」


 プライドもへったくれもない。

 僕は潔く頭を下げる。

 深々とおじきだ。


「謝まってすむなら、何も問題ないぜ。さあ、どうしようかな。どう仕返ししようか。どんなことをさせようか」


 なんとも楽しそうな美咲さん。

 とりあえず美咲さんから聞いた教訓は、本人に対してはまったく役に立たないことがわかった。

 それだけでも収穫である。


「この前やったネコ語での告白の再現もいいな」


「えっと、それは止めてください」 


 あれは一生ものの恥である。

 あの時、なぜそんなことをしてしまったのだろうか。

 

 それほどまでに後悔を覚えるネコ語での告白。

 しかも、しっかり録音されている。


 美咲さんがいくら酔っていたとはいえ、回避する手立てはあったのかもしれない。


「だったらさ」


 美咲さんはにたりと笑う。

 底意地の悪い笑みだ。


「今日これから私と話す時は、語尾にニャーを付けることにしよう」


 僕は言葉が出ない。


「どう?」


 美咲さんが確認を取るように聞いてくる。


「えっと、それもきついです」


「なんだと。ネコでは納得しないのか」


「そういう問題ではなくて」


「じゃあ、ワンで。いや、むしろ三回回ってワンをやれ。今思いついたんだけど、私、その命令してみたかったんだよね」


「そ、それくらいなら」


 おもわず僕はそう言ってしまった。


 語尾にニャーをつけるよりはマシだと思ったのが敗因だ。


「ほう。そうかい。それは重畳、重畳」


 そして、美咲さんがしたり顔で言う。


「さあ、どうぞ。観察する準備はできている」


「うぅぅ」


「どうしたんだ? 春坊。ここでやらなきゃ男じゃないだろう」


 なぜだか今すぐやらなければいけない状況。

 それが着々とできあがっていた。


 例えるなら、外堀だけでなく内堀まで埋められている。

 しかし、こんな辱めを受けるなんて予想もしていない。

 なのでこう思うことにする。


 僕は人間ではない。

 ただの機械だ。

 ご主人様の命令はなんでも聞く。


「……」 


 思考回路がへんな方向に進んでいるが気にしない。   

 

 とにかく無の境地。

 それを忘れない。

 

 僕はくるくると申し訳程度に回り、ワンワンワンと三回繰り返す。


「いいね、いいね」


 美咲さんの歓声が聞こえてくる。

 やはり屈辱的だ。


「抱きしめたくなるくらいかわいいな」


「なんですかその言い分は」


「まあ、気にしなさんな」


「そんなこと言われても気になりますよ」


「さりげなく録画もしたことだし、これで問題なしと」


「まったく聞いてないですね。てか、いつ録画したんですか?」


 こうして黒歴史がまた一つ増えていく。


「はあ」


 僕は夜空を仰いで、大いに嘆くしかなかった。

 





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