3-6 連行デート
「え?」
美咲さんのセリフは、この場の空気が止まるくらいのとんでもない爆弾発言だった。
直も驚いて固まっている。
僕は状況を整理してみようと、事態の把握を試みる。
夜に美咲さんがいきなり訪れて、恋愛的な意味での告白をされた。
「あれ?」
何かがおかしいが、何だったか思い出せない。
ただ、決定的な間違いがあるような気がする。
さて、なんだろうか。
考えてみてもわからない。
「どうしたのさ? 春坊」
美咲さんが真剣な調子で見つめてくる。
さらには、いつになく大人の色気を醸し出している。
それは不可解すぎるほど不可解な色気。
「あ」
おかげで勘付いた。
「美咲さん。この前彼氏ができたって――」
僕の疑問の言葉は最後まで言えなかった。
なぜなら、美咲さんが般若のような顔になっていたからだ。
しかも、恐怖で身震いしてしまうほどの迫力である。
「ご、ごめんなさい。美咲さん」
前に綾とこじれた時の経験を生かし、僕はすぐに謝る。
男が謝ったら、女は許さざるを得ないという教訓だ。
「へぇ、それにしても春坊はこのタイミングでそんなこと言うんだ」
あいかわらず怖い美咲さん。
美咲さんの場合は、教訓も一筋縄ではいかない。
「私が本気なフリをして春坊に迫ってみても、そんなことは歯牙にもかけずに、振られてしまった彼氏の存在を口にするとはねー」
なんだかすごい理不尽なことを言われている気がする。
理不尽を通り越して、横暴とも言えるくらいだ。
「それだったら、中学生の心をもてあそぶ美咲さんの方がひどいと思いますけど」
「え? 私がひどいって? それよりもさ、お姉さんに告白されて照れたりとかしてくれてもいいじゃない。私の自尊心の回復に一役買えなかった春坊の方こそ万死に値すると思うんだー」
「えっと、それはないかと」
「そう?」
半笑いが怖い。
なので、一歩後ずさる。
けど、美咲さんは変わらない距離を維持してくる。
この間合いは技をかけられそうな感じだ。
僕はそれを経験則から察知する。
「あ、でも、美咲さん」
「ん?」
「この前に振られた時よりはダメージが少なそうですよね」
言葉がぺらぺらと勝手に出てくる。
恐怖から逃避しようという人間の本能なのかもしれない。
「そうか。そうだよな。春坊」
「あ、はい」
「でも、古傷をあさってくるのか」
「いや、そんなつもりは」
もうたじたじである。
何を言っても、ドつぼにはまりそうな感覚。
ほんとは男女交際にこそ綿密な計画が必要であると諭したかったのだが、それを言える雰囲気はまったくなかった。
「直っち」
「何? 美咲」
「春坊を連行していい?」
「え?」
と、僕は声を上げる。
「連行連行、連行決定だね。ちなみに淫行はしないから安心しなさいな」
ということは、美咲さんとのデート。
振り回されるだけの恐怖のデートだ。
「……」
今までのつらい思い出が脳裏をよぎる。
絵里ちゃんとの二回のデートで完全に上書きできたと思っていたけれど、そんなことはまったくなかった。
ゲーセン耐久、カラオケのあいづち係、高台サバイバルキャンプ、サイコロ電車巡り、本屋での官能小説探し、繁華街の中心で嫉妬を叫ぶ事件、パニックスクランブル交差点騒動。
あるいは、警察から逃げ切ったこともあった。
「直」
とりあえず僕は、少し前の直の発言を思い出す。
直は困った時は頼っていいからと言っていた。
なので僕は、その言葉を従うことにする。
直に助けてほしいとの視線を向ける。
「美咲。いつものデート?」
「そうそ。それでいい?」
「ん。いい」
直の返事を聞いて、僕はがっくりと肩を落とす。
「なんだい春坊。私と行きたくないのか?」
いきなりヘッドロックをかけてくる美咲さん。
その大きな胸が当たっている。
「止めてください。痛いです」
「じゃあ、行きたいと言え」
「はい。行きたいです」
「もっと心から」
「美咲さんとデートに行きたいな」
僕は心の底から正反対のことを言う。
「よしっ。さすが我が舎弟」
「その呼称はなんですか」
「まあ、気にすんなよ。それじゃあ行きますかね」