3-5 美咲の告白
夕飯を食べ終えた後、、直と僕は狭いシンクで片づけをする。
てきぱきと作業をこなしていく直を横目にしながら、僕は旅行計画を綿密に考える。
思いがけなく綾が参加することになったが、これはまたとないチャンス。
ここ最近の感情の変化にけりをつけるいい機会だ。
そう、大切なのは自分と物事の間に然るべき距離を作ることではない。より深い関係性の構築に必要なのは、現状の維持よりも変化である。今回こそが打破しなければならない時で、僕は前に進まなくてはいけない。
ただ、前に進むのは不安で怖い。
けど、自分の気持ちに気がついてしまった。
「春、手が止まっている」
「あ、ごめん」
「ん。いい」
直に言われて、皿洗いを再開する。
スポンジを泡をつけて、丹念に磨いていく。
「最近の春は少し元気になったみたい」
「え?」
「私はそう思う」
「そうかな」
「ん」
直がこくりとうなずく。
「じゃあ、それは迷いがなくなったからだと思う」
「迷い?」
疑問に思ったらしい。
直はすべてを見透かしてしまいそうな視線をこっちに向けてくる。
「それは自分の心の真ん中にある核心の部分に結論が出たから」
「そう。でも、綾に避けられているのは問題ないの?」
「あ、やっぱり直にもわかるんだ」
「露骨だから」
「え? 僕的にはさりげなくな気がしたんけど」
「そんなことない」
なんだか見解に違いがありすぎる。
けど、きっと直が言うことの方が正しい。
人の観察眼は、絵を描く直の専売特許だ。
「春」
「何?」
「困ったら私を頼っていいから」
直の力強いセリフ。
それに対して、僕は答える。
「もう十分頼りになっているよ」
「それでも」
「うん。わかった。ありがとう」
「ん」
直が無表情で返事をする。
「じゃあ、皿洗いを終わらせよ」
「そうだね」
と、僕がうなずいたその時だった。
ピンポンと連打されるチャイムの音。
いたずらかと思うぐらいに激しくなっている。
「春坊、開けろー」
さらには、近所迷惑をかえりみない声。
もちろん、声の主は美咲さんだ。
僕はやれやれと思いながら、急いで玄関に向かう。
ドアを開けると、美咲さんが飛び込んでくる。
「どうしたんですか?」
「どうしたも何もないってば。今から春坊んちの冷蔵庫に保管してある超高級ミネラルウォーターを飲まないとやってられない気分なわけなんだ」
「はぁ、またそれですか」
僕はため息をつく。
「悪いか」
美咲さんはずかずかと上がり込みながら言う。
それから冷蔵庫を開け、ミネラルウオーターを飲みだす。
腰に手を当てて、豪快に飲んでいく。
「ぷはぁー。最高」
「それは良かったですね」
「だいたいこんなおいしいものが、家に帰ってすぐ飲めないのがいけない」
「いや、自分の家に置けばいいですよね」
「春坊、私の家の冷蔵庫がしっかりと機能しているとでも思っているのか」
「え?」
冷蔵庫が機能していないとはどういう状況なんだろうか。
ただ、さもありなんと思えてしまうところが怖い。
「やっぱさ、ミネラルウォーターはペリエだわ」
「えっと、オレッツァって書いてありますけど」
僕は美咲さんが持っているペットボトルのラベルを見て、率直に間違いを指摘する。
「は?」
どうやら美咲さんも気がついたみたいだ。
「ということは、私はずっと勘違いして飲んでいたわけか」
「そうみたいですね。でも、ビールと発泡酒の違いくらいだと思いますが」
「そんなわけないぞ」
「そうですか」
やはり、中学生の僕にはビールと発泡酒の違いはわからない。
もちろん、ペリエとオレッツァの違いも同様である。
「ところで美咲さん」
「何だい?」
「今日はどうかしたんですか?」
けど、それでもわかることがあったりする。
それは今の美咲さんに異変が起こっているという点についてだ。
「そっか。春坊に私がおかしいのに気がついているんだな」
「それは……しょうがないんですよ。美咲さんがおかしいと被害に遭うのは主に僕ですから」
照れ隠しも込めて、僕は美咲さんに言う。
「なんだその言い方は」
「いえ、本当のことですから」
「まあ、そうだな。で、それはいいとして。春坊。言いたいことがあったんだ」
「なんでしょう」
僕が聞くと、美咲さんは一息入れてからこう告げる。
「私、春坊のことさ、恋愛的な意味で好きになっちゃったんだ」