3-3 勇気のないライオン
絵里ちゃんに励まされて、いくらか気分が楽になる。
直や小倉くんの時もそうだったけど、人の励ましでここまで気分が変化する。
それほど言葉の影響力は強い。
言葉には大きな力があって、人はそれを享受できる。
だから、何度でも立ち直れるのかもしれない。
ただ、それでも考えこんでしまうのが、今回の問題が大きいことを示唆していた。
綾と僕の関係。
幼馴染。
それ以外何物でもない。
「さて、気持ちを切り替えよう」
わざわざ口に出して、気分を一新。
と思ったが、できなかった。
昇降口に綾がいたからだ。
綾は誰かと待ち合わせをしていたという風情ではなく、ちょうど今から帰るところ。
腰を落として、靴を履いている。
その憂えた横顔は、絵里ちゃんの言う通り元気がない。
「綾」
僕はおもわず声をかける。
そして近づいていく。
「は、春」
綾の反応は今までと変わらない。
一瞬だけ泣き笑いのような驚いた表情を見せたが、それからきりっと口を間一文字に結ぶ。
どこか固いその表情は、やはりどことなく拒絶している。
微妙と言えば微妙な変化。
けど、幼馴染だからわかる。
「綾」
僕はもう一度名前を呼ぶ。
「私、帰るところ」
「僕も帰るよ」
「そう。じゃあ、バイバイ」
そのまま行ってしまったので、僕は急いで靴を履く。
綾を追いかけ、校門の辺りで横に並んだ。
「春、どうしたの?」
「どうしたのも何もないよ」
「え?」
「先に行くことないと思って」
「だって、私、急いでいるから」
「僕も急ぐよ」
「そう」
綾はそれっきり黙ってしまった。
なので、会話が弾まない。
それは前によくあったへんな空気と違う。
あの空気に比べたら、こっちはもっと大変だ。
「綾」
「何?」
あどけない綾の顔がこっちを向く。
「えっと、勇気のないライオンの話はしようと思って」
すたすた歩く綾に、僕はようやく会話の糸口を切り出す。
ただ、なぜこんな言葉が出たのかわからない。
元気、勇気、そしてライオンと連想してこうなっただけだ。
なるようになるしかならない。
「勇気のないライオン?」
「そう、勇気のないライオン」
僕はある童話を思い出しながら言う。
「ライオンは勇気を探しに旅に出るんだ」
「春、何の話?」
綾が首をかしげる。
僕だって話の転がり方がわからない。
「だから、勇気を手に入れるために僕も旅に出なくてはいけない」
とにかく話を続ける。
「そうなの?」
「うん。近いうちに旅に出ようと思う」
これは自分で言っててもいい考えだと思えてきた。
ただ、旅といってもたいしたことはできない。
中学生にできる旅の範囲なんてものは、せいぜい電車を使える都内でせいいっぱい。大人から見たらちっぽけなものでしかなく、その小さな範囲であがいているだけだ。
けど、それでも旅をするのは心の状態を整理するのにうってつけな気がした。
何か新しい発見があるのかもしれない。
それは自分を変えるようなものに成り得る可能性を秘めている。
「私も行く」
いきなり綾が口を開く。
「え?」
僕は驚く。
「私も勇気を手に入れたい」
「そうなの?」
「うん」
「そっか」
「それに今度の週末開いてる」
綾は仏頂面で言う。
「……」
「……」
僕達の会話はこれだけで終わったが、それでもどこか満たされた気分だった。
どうしてかわからないけど、心が落ち着いていられた。
それは綾の存在が大きくなっているからかもしれなかった。