2-11 トランジスタグラマー
僕達が夕食をはじめてから五分後。
カレーのにおいを嗅ぎつけてきたのか、美咲さんが襲撃してきた。
ピンポンとチャイムを鳴らし、ドアを叩く。
「春坊、ここのドアを開けておくれ」
しまいには玄関先にてしゃべってくる。
それにしても、なんだか白雪姫に出てくる魔女みたいなセリフだ。
「さもないと、おまえを食べちゃうぞ」
いや、白雪姫じゃなくて赤ずきんか。
そんなどうでもいいことを考えながらもドアを開ける。
すると、美咲さんが早速入ってきた。
遠慮もお構いもなしで、いつもよりさらにテンションが高い。
やはり竹内さんの言う通りで、彼氏が出来た影響があるのだろうか。
「カレー、カレーと。あれ、新しい女の子がいるじゃないか。うわ、顔のパーツが小さいねっ。それと特徴的なおさげ髪だ」
本人を前にして失礼な美咲さん。
相変わらずの調子である。
「で、春坊。紹介してよ。どうせ春坊関係の女の子なんだろ」
「その言い方はなんですか」
「何言ってんだい。このすけこまし」
「言いがかりはよしてください」
などと、美咲さんと僕がやりとりしている間に、奏ちゃんが立ちあがる。
美咲さんのバイタリティーに圧倒されているようだが、おもむろに口を開く。
「あ、あの」
「何かな? 春坊関係の女の子ちゃん」
美咲さんがちゃかして聞く。
けど、奏ちゃんは至って真面目だ。
「私、ここの東風荘の五号室に引っ越してきた稲葉奏と申します。貴方は春くんのお知り合いなんですよね。よろしくお願いします」
「おお、そうなのかい。私は上杉美咲。ここの二号室の住人なんだ」
「あ、それなら坂本家のお隣ですね」
「まあ、そうだな。それで私が坂本家の後見人だから」
「え? そんな事実あったんですか?」
僕は驚く。
「いや、冗談」
やっぱり美咲さんだ。
この調子は変わらない。
「とは言っても、一応似たようなものだけどね」
「ん。美咲が後見人でいい」
「そうかい。直っちは嬉しいこと言ってくれるね」
直に抱きつき、頭をわしゃわしゃとなでる。
「まあ、その話はいいとして。とりあえず奏っち。カレーを食べてるとこ悪いんだけどさ、私の言うことを一つだけ聞いてくれる?」
「え? いいですけど。なんですか?」
奏ちゃんが不思議そうな顔をする。
けど、不思議に思うのも仕方がない。
「あー、それはね、立ちあがって両手を上に挙げてほしいのよ。タケノコにょっきっきみたいな形をしてね」
言葉だけでは通じないと思ったらしい。
美咲さんはわざわざ実演をして見せる。
「えっと、こうですか」
「そうそ」
言いながら、美咲さんは奏ちゃんに近づいていく。
そしていきなり胸を揉みしだいた。
「……あんっ」
奏ちゃんの切ない声。
それにも構わずに続ける。
「やっぱり見立て通り隠れ巨乳だぞ、春坊。これこそトランジスタグラマーだ」
さらにこんなことまで言っている。
なんというやりたい放題。
そして、なんたる横暴。
あまりの光景に、僕は言葉が出ない。
奏ちゃんは初対面の人に胸を揉まれて、かなり困惑している。
若干、涙目だ。
「美咲」
直がたしなめる。
「やりすぎ」
「おっと、たしかにそうだ」
ようやく手を引っ込める美咲さん。
奏ちゃんが自分の体をかき抱く。
「ごめんごめん、奏っち。ついむくむくと出来心が芽生えてさ」
「あ、はい」
放心状態の奏ちゃんは返事をするので精いっぱいだ。
「それに春坊の知り合いに胸の大きな女の子いなかったからね。つい」
着ヤセする美咲さんは入っていないんですか、とはさすがに言えなかった。