1-15 約束(1)
毒にも薬にもならない数学の授業中。
四時間目で、みんな疲れが見えはじめている。
江藤、小倉、神楽と順番に当てられていく中、まだ順番が来ない僕は、隠れてメールを交わしていた。
『先輩、先輩。せっかくだから来週の土曜日にある《ジモティーズ》の集まり一緒に行きませんか?』
「方向が違うよ」
『それでも先輩、一緒に行きましょう』
「いや、いいって」
『そんなぁ。あっさりと断らないでください』
「そんなつもりじゃなかったけど」
『じゃあ、いいじゃないですか。先輩は私のことが嫌いだったりします?』
「そんなことないよ」
『じゃあ、先輩は私のことが大好きなんですね』
「そんなこともないよ」
『うぅ~、なんか先輩、ひどいです。そこはそうだよ、って言うところじゃないですか。ときに先輩って、私の好意を柳のようにあっさり受け流しますよね』
「そうかな」
『そうですよ。私なんか、こうやって先輩とメールできるだけでうれぱみんなのに』
「うれぱみん?」
『あ、それはうれしい時にでるドーパミンのことなんですよ』
以上がこれまで続いたメール。
これを一つ後輩の絵里ちゃんと交わし、今に至っている。
次にどんな返事をしようか。
あるいは、話の流れからしてもう返事をしなくていいのか。
などと考えながら、数学の教科書をぼんやりと見ている。
問題を解く順番は、葛西、木内、近藤と当たっていき、やっぱり返事を止めようかと考えていたところでメールがやってきた。
僕は自分に当たる問題をチェックしながら、そのメールを開く。
『先輩。今返信をしようかな、と思ってやっぱり止めましたね』
どうやらお見通しのようだ。
彼女の書き出しはこんな感じではじまり、その後には長い文章が書かれている。
『それで先輩、結局、バレーの件はどうなりました? やっぱり一緒に行かないんでしょうか? 一緒に行けないのならそれでもいいんですよ。でも、それならお願いを聞いてくれますね。代わりにデートとかどうですか?』
デート。
その言葉にびっくりして、携帯を閉じてしまった。
しかも、その音が大きく鳴り響く。
「どうした、坂本くん」
「あ、すいません。なんでもないです」
慌てて先生に謝る。
「ならいいが」
「はい」
「けど、授業中に大きな音を鳴らすのはよくないぞ」
「はい、すいません」
「それと次は、きみが問題を解く順番だからな」
「はい、わかりました」
そうして、先生が指定の場所に戻っていく。
先生が去った後、僕はおもわずつぶやいてしまう。
「デートか……」
絵里ちゃんの好意は嬉しい。
けど、美咲先輩のせいで、その単語には拒否反応が生まれていた。