2-5 シェークハンド
この街の都立公園はとても広く、都内有数を誇っている。
なので、僕達が利用しない場所を多くあったりする。
「真由とは、ここから先の体育館前で待ち合わせだよな」
すっかり調子を取り戻した綾が言う。
「うん」
僕はうなずく。
今回、小平さんとの待ち合わせに指定したのは、いつも僕達が着替える障害者用トイレから離れたところ。ここに指定したのは、もちろん鉢合わせにならないためだ。
「ボクはここに来たことないなあ」
「僕もだね。まあ、いつも綾と別れる場所からここは遠いし」
「確かにそうだな、春」
綾が納得したようにつぶやく。
「あ、見えてきた」
「ほんとだ」
綾の言う通り、待ち合わせ場所の体育館が見えてきた。
体育館は、学校のとは比べ物にならないほど大きくて新しい。
この都立公園にふさわしい立派な施設だ。
「小平さんはまだ来ていないね」
「そうだな」
「小平さんに電話してみる?」
「してみてよ、春」
「わかった」
綾の返事を受けて、僕は小平さんに電話する。
小平さんはワンコールで電話に出てくれた。
「もしもし」
『もしもし、坂本』
「小平さん、どうしたの? もう待ち合わせ時間だよ」
僕は小平さんがいないことを想定していなかった。
なので、驚きを込めて言っている。
『うん。ごめん。ちょっと緊張しすぎちゃって』
「え? 小平さん、繋がんないんだけど」
『それが繋がるの。とにかくもう少しで着くから待っていて』
その言葉を残して、小平さんの電話が切れた。
しょうがないので、綾と僕は待つことにする。
待っている間、綾はまた緊張感が込み上げてきたらしい。
僕の袖の端っこを慎ましく握ってきたりしている。
「あ、来たよ」
「ほんとだ」
十分くらいして、小平さんがやってくる。
小平さんは決戦といった感じの固い表情だ。
「ごめんなさい、遅れてしまって」
「うん、いいよ。で、紹介するけどこっちがあの時の彼」
僕の背中に隠れていた綾がおずおずと出てくる。
綾も小平さんと同じような表情をしている。
「どうも」
綾が一段と低い声で言う。
「はい」
対して小平さんは、なんだか明瞭でない返事。
「それで小平さん。ボクに会いたかったっていう話なんだけど」
「あ、それは」
小平さんが急に顔を赤くする。
突然すぎてびっくりするくらいだ。
「私、貴方のきれいな瞳に惹かれてひとめぼれしてしまったんです」
「そっか」
綾はうなずくが、その表情は変わらない。
そして、何かを諦観しているような感じにも見える。
「だから、私とこれからも会ってください」
小平さんが頭を下げて言う。
綾は小平さんをしかと見届けた後、ゆっくりと口を開く。
「貴方の想いは受けとめたし、ずっと忘れない」
「はい」
「でも、貴方と会えないんだ」
綾が借りた本を読んで一番学んだのは、誠意を持って対応すること。誠意が物事の円滑に進めるためにもっとも大切なことだった。
「どうしてですか?」
「貴方とは物理的に会える距離にいられないんだよ」
「そうですか」
小平さんがしょんぼりと肩を落とす。
が、それは少しの間だけ。
すぐに元気を取り戻す。
「わかりました。残念ですけど、それならしょうがないですね」
それは今まで見てきた小平さんとは違い、まったく執着を感じさせない。
その切り替えの速さに、僕は驚いている。
「では、最後に握手をしてください」
「握手?」
「はい、握手です」
小平さんは手を差し出す。
すると綾も同じようにする。
そしてシェークハンド。
それは小平さんの万感の想いを込めたようなもの。
相手のことを考慮して、でも自分の思いの丈をすべて込めた握手だった。