2-4 綾の不安
「直、そろそろいってくるよ」
「ん。わかった」
直が手を振ってくる中、僕は少しだけ後ろめたい気持ちになる。
そう、表向きは小平さんを迎えに行くことになっているからだ。
けど、その実態は大きく異なっている。
まずは都立公園で綾と会い、いつものように着替えをする。ただし、いつもと違うのは綾だけが着替えをするということ。
そして男装した綾は、小平さんと都立公園で待ち合わせをする。
やるのは、小平さんとは親しくなれないと断わりを入れることである。
「じゃあ、いってきます」
「いってらっしゃい」
靴を履き、僕は家を出る。
空を見上げると、曇りに変わっている。
まだ持ちこたえているといった感じだ。
ともあれ、空模様をあまり気にしないようにして、待ち合わせ場所の都立公園へと向かう。
都立公園に着くと、綾はまだ来ていない。
良かったと僕は思っている。
最近待ち合わせる時は、いつも綾を待たせていたのでちょうどいい。
僕はテニスボールの跳ねる音を聞きながらぼんやりと待つ。
「春」
「あ、来た」
綾が大きなボストンバックを持ってやってくる。
このバックには変装用のセットが入っている。
「ごめん、待った?」
「大丈夫。待ってない」
「そう。まあ、最近は私が待っているからいっか」
「なにそれ」
僕は綾らしい言葉に苦笑いを浮かべる。
「さあ、着替えよっか、春」
「え? 今日は綾だけでしょ」
「あ、いつもの調子で言っちゃった」
綾も苦笑いを浮かべる。
ちょっと緊張しているのかもしれない。
「じゃあ、僕は待っているからさ」
「うん」
返事をした綾は、障害者用トイレに入り着替えをする。
そして程なくして、着替えを終えた綾が出てくる。
「春」
綾が自信のなさそうなしぐさでこっちを見る。
それは夜目にまぎれているわけではないからだろう。
なので、きっと不安に違いない。
「大丈夫?」
「大丈夫」
「完璧?」
「うん、完璧」
「ほんと?」
「ほんとだって」
思えば、昼に秘密の遊戯をしたことはない。
いつも夕方から夜にかけて秘密の遊戯をしてきた。
その影響が綾の不安に拍車をかけている。
「それだけじゃないよ」
「え?」
「今日は春が一緒に着替えていない。それが一番不安なんだ、ボクは」
と、綾は言う。
男子モードになっていても、いつもの韜晦するような鷹揚さはない。
僕の服の袖をちょこんとつかんで不安を露わにする。
「やっぱりボクがボクであるときは、女装してくれる春がいないとだめみたいだよ」
「そっか」
「うん」
綾がうなずく。
「でも、今日はがんばらないと。事前にあんだけ準備してきたんだし」
「わかってる」
「それなら良かった。じゃあ、小平さんとの待ち合わせ場所に行こうか」
「うん」
綾の返事を聞いて、僕は歩きだす。
綾は僕の後ろにべったりとくっついている。
くっつすぎて歩きにくい。
「綾、離れて」
「いや」
即答だった。
「そんなこと言わないで」
「だって、ボク」
本当に綾らしくない。
というか、こんな態度を取ったことがない。
綾はわがままだけど、こういう種類ではないのだ。
「春、今だけだからお願い」
「綾、それはどうしても?」
「うん」
「じゃあ、慣れるまでだよ」