2-3 春の思考
「じゃあね。また午後で」
「うん。じゃあね」
奏ちゃんとの約束を取り付けて、直と僕は一度家に戻る。
改めて家を見渡すと、奏ちゃんのところとはやっぱり違うのを発見する。
生活感にあふれていて、収まるべきところにモノが収まっている。
当たり前のことだけど、それがやけに不思議に思ってしまう。
「ふー」
とりあえず、なんともなしに一息つく。
そして、奏ちゃんの家を思い返す。
彼女の部屋はまだ違和感があるけれど、やがてその違和感もなくなるはずだ。
ワインが段階を経てじっくりと醸成されていくように、部屋も少しずつ生活様式を整えていくに違いない。
「春」
「何?」
「昼ご飯作るけど、何がいい?」
直が聞いてくる。
「えっと、どうしようかな」
「どうする?」
「じゃあ、軽いので」
「ん。わかった」
返事をして、直は昼ご飯の用意をはじめる。
なので僕は、テレビでも見て大人しく待つことにする。
けど、日曜日の昼間は面白いテレビがやってない。
僕はチャンネルをあっちこっちしながら、ただぼんやりと待つ。
「春、出来た」
「もう出来たの?」
「うん。スパゲティーだから」
「そっか」
テーブルを見れば、ナポリタン風に味付けされたスパゲティーが皿に盛られている。
盛り付けがとてもきれいなのは、回数をこなすうちに手慣れてきたおかげだろう。
「春、食べよ」
「うん」
そして手を合わせる。
「いただきます」
「いただきます」
スパゲティーをフォークに巻き付けて食べていく。
食べながらも、話題はやはり奏ちゃんのことになる。
「まさか隣に奏ちゃんが引っ越してくるなんてね」
「ん。でも、春と会うのが三回目だってことの方に驚き」
「あ、それもそうだね」
直には、奏ちゃんと偶然出会ったことを説明した。
ただ、説明したのはそこだけで、それから何が起こったのかは話していない。
だから、僕の懊悩も知らないし、何よりも核となる答えが出ていないのに説明できる状態ではない。
心の真ん中にあるものが、あいまいで不可解で、それも言葉では到底表すことができる種類の感情でもない。
なので僕は、いまだに困惑している。
こうして困惑していると、自分のささいな感情も鈍化してしまいそうで、そんなことにもおびえなくてはならなかった。
「春?」
直の声が聞こえて、僕ははっとする。
どうやら考え事にうつつを抜かしていたみたいだ。
さらに直は、すべてを見透かしてしまいそうな瞳で僕を見つめる。
その視線につられた僕は、今の気持ちを吐露してしまいそうになっていく。
「直」
直は黙って聞く体勢だ。
こうなったら、僕はしゃべるしかない。
「今さ、僕の心の真ん中にあるすべての思案と思考――これをある時にまで巻き戻して無に帰したいような気分なんだ。最も深い海の水底にでも置きざりにしたいと思っている」
「春、それくらい考えていることがあるの?」
「そうなんだ。でも、ほんとは考えすぎることはよくない。物事は深刻に考えすぎてはいけないし、それに物事と自分との間には然るべき距離を置かなければならないはず」
「どうして?」
「そうしないと心の平穏が逃げていく気がするんだよ」
「そう」
直は何も言わない。
「直はどう思う? 女の子と……いや、男の子とステディな関係になることについて」
直は首をかしげて考える。
そしてぽつりと言う。
「わからない」
「そっか」
直でもわからない。
だったら、僕なんかにわかるはずがないのだ。