1-15 綾の葛藤
午後の授業はつつがなく終わった。
僕は教科書とノートを鞄につめて、図書館に行く準備をする。
「坂本くん」
隣の席の吉田さんが呼んでいる。
「何? 吉田さん」
「昨日あの後、本借りられた?」
「いや、悩んで借りられなかったよ」
「そうなの?」
「そうだった」
僕がそう言うと、吉田さんはにこりと笑う。
「へぇ、坂本くんもかー。実は私もそうなんだ」
「吉田さんも?」
「うん」
「それは驚いたよ」
読書経験のある吉田さんでさえそうなのだから、僕が悩んでしまうのも仕方がないに違いない。つまり、あの探していた時間は僕が優柔不断なだけではなくて、誰にでもあり得ることだったらしい。
「それでね、坂本くん――」
この後も、吉田さんとは本の話をする。
それは先生が来るまで続く。
「起立、礼」
「さよなら」
そしてホームルームも終わり、綾の教室に行く。
綾のクラスもちょうど終わったみたいだ。
「春、行こっか」
「うん」
当初の予定通り、図書館に移動する。
図書館は期末テストも近くなっているせいか、人がいつもより多い。
絵里ちゃんの姿を探してみると、窓際の近くの席で発見した。
「春、何してるの?」
「いや、絵里ちゃんが図書館でよく勉強しているからさ。いるかなと思って」
「へぇ、そうなんだ。それで、絵里ちゃんはいた?」
「うん、あそこにいた」
僕は窓際の席を指差す。
絵里ちゃんはこっちに気づかずに勉強している。
かなり集中しているみたいだ。
「話しかけてきてもいい?」
「うん。いいけど。でも、どうしたの?」
「ちょっとね。春はここで待ってて」
と言い残して、綾は絵里ちゃんのところまで行く。
二人は何事かを話していたが、五分ほどして綾が戻ってくる。
「春」
なぜか機嫌悪そうな綾。
「何?」
僕は恐る恐る聞いてみる。
「絵里ちゃんとあーんとかしたの?」
「え?」
「あーんとかしたわけ?」
「しました」
「で、最後に告白されたの?」
「えっと」
「どうなの?」
「されました」
僕は綾に気圧されながらも答える。
対して綾は、やっぱり怒ったままの表情。
「わ、私はいつも春に教えているのに、春はどうして教えてくれなかったのよ」
「それは」
言ってしまえば、自分でもまだ整理がついていないからだ。
じつは絵里ちゃんの告白の返事もまともにしていないし、さらには稲葉奏の件も絡んできてしまっている。
そんなことを考えていたら、綾が口を開く。
「べ、べつに私には関係ないんだけどね。そんなこと」
そう言いつつも、口調はだんだんと弱々しくなっていく。
僕の思い違いでなければ、まるであべこべのことを言っているかのようである。
「綾」
「何よ」
「関係はあるよ。だって幼馴染だから」
「じゃあ、教えてよ。絵里ちゃんと付き合うの?」
綾があどけない顔をこっちに向けて聞いてくる。
「春」
さらには僕の肩をつかんできた。
「綾。僕はそもそも付き合ってとも言われてないんだ」
「そ、そうなの?」
「そうだよ」
僕がそう言うと、綾はふーっと息を吐く。
なんだかとても緊張していたみたいだ。
「へぇ。そ、そうなんだ。って、春。勘違いしないでよね。私はそこまで気にしてるわけじゃないから」
綾はそっぽを向いて言う。
「そっか。そうなんだ」
「……春、そうじゃなくて」
綾が何事かつぶやく。
けど、声が小さくて聞こえない。
「ともかくさ、綾。それよりも今はあれだよ。参考になる本を探さないと」
「……うん」
綾がうなずく。