1-11 本の題名の意味
家に帰ってきて、まずは表札の坂本を確認。
そして三号室のドアを開ける。
「ただいま」
「ただいま」
家に入ると、なんだか安心する。
「春、お茶入れる?」
「あ、お願い」
「ん」
早速、直がやかんでお湯を沸かす。
程なくしてお湯が沸き、直がお茶を入れてくれる。
僕はそのお茶を飲んでくつろぐ。
「おいしい」
「どうも」
直は表情を変えない。
けど、嬉しそうにしている。
「直も座って。一休みしないと」
僕がそう言うと、直はやっと腰を落ち着ける。
そして急須を傾けて、自分の分のお茶を入れる。
と、そこで僕はある変化に気がつく。
「直、急須変えた?」
「ん」
直がうなずく。
「いい急須を使うとお茶の味まで良くなる」
「へぇ、そうなんだ」
そんなうんちくを聞きながらも、僕達はまったりと過ごす。
とりとめのない話をしながら過ごしていき、やがて寝る時間になり、テーブルをどかして布団を敷く。
布団を敷いた後は、直は僕に構わずに着替えをする。
服を畳んで、下着だけの格好になる。
そしてその格好のまま鏡の前に行き、一言つぶやく。
「私、成長した」
「……」
どこが成長したとかは聞かない。
どこだっていいのだ。
「さあ、直。早くパジャマに着替えてよ」
「ん」
直は僕の言う通りパジャマに着替えた後、布団に横になる。
さらには、いつものように足でシーツを伸ばす癖をしている。
「電気消す?」
直が聞く。
「まだいいよ。それに本を読みたいんだ」
「本?」
「うん」
「じゃあ私、先に寝てる」
「わかった」
返事をしながらも、僕は今日図書館で借りた本をトートバックから取り出す。
「さて」
意を決して最初の一ページを読みはじめると、すんなり本の世界に入っていけた。
内容は落ち着いた水面のよう。
静かで、平坦な展開が続いていく。
そうしてしばらく読んでいき、ページが三十をすぎたところで本を閉じる。
ここで目安としていた今日の分の章を読み終えたからだ。
「直、起きてる?」
「起きてる」
問いかけてみると、目をつむった直から返事が聞こえる。
「もしかして寝そうだった?」
「ううん」
直が首を振る。
すると、そのきれいな黒髪がシーツに広がった。
「今日一日を思い返していた」
「それ、僕がやっていることだよね」
「ん。それでいろいろ考え事していた」
「そっか」
「春、綾と最近仲が良いなと思って」
「そんなことないよ」
僕はなぜだか否定してしまう。
理由はわからない。
「ううん」
また首を振る直。
「仲がいい。私が願っていたストーリーがはじまりそう」
「そうかな」
「うん。自信を持って」
「わ、わかった」
直のすべてを見透かしてしまいそうな視線にほだされたせいで、なんとなくうなずいてしまった。
「ところでさ、直」
僕は話を変えようと試みる。
「何? 春」
「スタンド・バイ・ミーって何?」
「スタンド・バイ・ミー?」
「うん」
直が聞き返すので、僕はうなずく。
そして直は少し考えてから言う。
「君のそばにいる」
「そうなんだ」
「そう」
直がぽつりとつぶやく。
本の題名の意味――それは、『君のそばにいる』なのだ。