1-8 銭湯(2)
ついでだからと、小倉くんと一緒に銭湯を出る。
おかげで、いつもより十分くらい入浴時間が長くなった。
直がロビーで待っているかと思ったけど、まだいない。
どうやら、まだお風呂に入っているようだ。
直の入浴時間はまちまちで、短い時もあるし長い時もある。
すべては直の気まぐれで、直らしいなと思う。
「おーい。春」
「何?」
「コーヒー牛乳飲もうぜ」
小倉くんが自販機を指差して言う。
「え? 牛乳じゃなくて?」
「何を言ってんだよ。風呂上がりといえばコーヒ牛乳じゃないか」
「いや、僕は違うと思うけど」
「いやいや、何言ってんの。やっぱりコーヒー牛乳でしょ」
小倉くんは当たり前のような顔をして主張する。
これが価値観の相違か。
僕は牛乳にこだわりがある方ではないけれど、風呂上がりにはコーヒー牛乳より優先されるべきだと思っている。
何よりもさっぱり感が違うからだ。
「春、オマエの分も買うぞ」
「あ、僕は牛乳で」
「わかっているよ」
小倉くんが自販機で僕の分も買ってくれる。
僕が財布からお金を出そうとすると、おごりだと言われた。
「悪いって」
「いいんだよ。これで元気だせ」
小倉くんの優しさが身にしみる。
元気がないから気遣ってくれるのだろうか。
「その代わり、今度銭湯で会った時にはオマエのおごりだからな」
「うん、わかったよ」
そう言って、僕は小倉くんから牛乳を受け取る。
そして、小倉くんと一緒に一気で牛乳を飲む。
やはり風呂上がりに味わう牛乳は格別だ。
「やっぱりコーヒー牛乳はうまいな」
「いや、牛乳もおいしいから」
「そうかい」
「そうだよ」
僕達は互いに見合い、笑みを浮かべる。
お互いに納得していない笑みだ。
「春」
「あ、直」
直が女湯の方から出てくる。
今の直は頭にターバンみたいなのを巻いていて、これは直が努力のはちまきをつけはじめて以来、頭に何かを巻く習慣が出来つつあることに由来している。
そう、このターバンもそこから来ているのだ。
「小倉くんもいる」
「おう、直」
小倉くんが手を挙げる。
「直もなんか飲む?」
「いい」
「いいのか?」
「ん。今日はそういう気分ではない」
「そうか」
「うん」
直が深くうなずく。
「それよりも小倉くん」
「ん? なんだ?」
小倉くんが首をかしげる。
「今の小倉くんを描きたい」
直が服のポケットからメモ帳を取り出して言う。
「え? 俺?」
「そう」
「俺でいいのか」
「前に頼んだ時もそう言っていた」
「そうだったのか。でも、その時の俺はきっとそう思ったんぜ。俺でいいのかなって」
「もちろんいい」
「そうか」
小倉くんは納得したのか、直の要求にしたがっていく。
もうすでにのりのりでポーズなんかを取っている。
「おい、春」
「何?」
「携帯鳴ってないか?」
「あ、ほんとだ」
二人のやり取りに気を取られていたせいだろうか。
携帯が鳴っていたのに気が付かなかった。
僕は急いで携帯の所に行き、ディスプレイの表示を見る。
すると、電話をかけてきたのは綾だった。