1-7 銭湯(1)
夕食を終えた後、少しして銭湯へ行く。
星空の下、直と僕は銭湯までの道のりを歩く。
僕は空を見上げながら言う。
「直、秋の空は澄んでいるってほんとかな」
「ほんと」
「でも、僕には違いがわからないんだ」
「前もそんなことを言ってた」
「え、そうだっけ?」
「春、忘れっぽい」
直が無表情で憮然とする。
「私は前にも春がそう言ったのを覚えている」
「そうなんだ」
もちろん覚えはない。
けど、直が言うならそうに違いない。
「それよりも春」
「ん? 何?」
「少し急がないと」
「あ、そういえばそうだった」
銭湯はたしか夜十時までの営業。
今は九時を回っているから、多少急がなくてはならない。
なので、直と僕は少し足を速める。
その間会話はなかったけど、問題はない。
いつものことでそれが当たり前のことだからだ。
やがて十分くらい歩き、目的地の銭湯に着く。
「直、着いたね」
「ん。着いた」
「さあ、行こっか」
「もちろん」
直の返事と合図に、僕達は暖簾をくぐる。そして番頭の人にお金を払い、男湯と女湯に別れる。
更衣室で服を脱ぎ、それをきちんと畳んで銭湯に入っていく。
銭湯での手順通り、体全身に水をかけてから湯につかる。
頭にタオルを乗せ、ふーっと一息つく。
やはりお風呂はいい。
全身の疲れが抜けていく。
人も数えるほどしかいなくて、大浴場感を存分に味わえる。
「さて、帰ったら吉田さんがお勧めしてくれた本でも読もうか」
僕は一人つぶやきながら、寝る前の時間をどうやってくつろぐか算段を立てる。
これはいつもすることで、布団の中で今日一日を思い返すことと同じように習慣になっている。
「ふー」
また一息をつく。
そして体を沈ませていく。
お湯をさらに感じる。
と、その時だった。
「やっほー」
という叫び声。
何事かと思い、そちらの方を見る。
すると、前も隠さずに素っ裸で踊っている小倉くんがいた。
これはすぐ脱ぎたがる小倉くんらしい。
「おー、もしかして春?」
近くまで来た小倉くんが、すかさず僕を見つける。
「春じゃん。オマエも銭湯に来てたのか」
「うん。僕はいつも利用しているから」
「そうなのか?」
「そうだよ。家がボロでお風呂がないからね」
「へぇ」
小倉くんはなんとも言えない表情を浮かべる。
「そういえば春、前にそんな話していたなぁ」
「え? そうだったっけ?」
「そうだぜ。そんで両隣にはさ、美人だけど残念なお姉さんが住んでいるんだろ?」
「両隣?」
たしか片方は空き家である。
五号室は僕が来てからずっと空いていて、住人はいない。
そこを挟んで六号室には鳥子さんが住んでいるけど、彼女は美咲さんと違い残念な感じの美人ではない。
不思議な人だけど、知的で聡明だ。
なので、これは小倉くんの記憶違いだろう。
「え? 両隣じゃないのか? まぁ、それでも羨ましいよな。年子の妹、アイドルの幼馴染、隣の美人なお姉さん、慕ってくれる後輩。春も大概にしとかないとな、俺達の嫉妬で身を滅ぼしてしまうぞ」
「いや、そんなこと言われてもさ」
「そんなこと言われてもさ、じゃないと思うぜ。春、オマエはもっと色々と自覚しなくてはならないんだ」
と言いつつも、体を洗い終えた小倉くんがお風呂に入ってくる。
そして僕の隣に腰を下ろす。
「ふー」
小倉くんも一息つく。
「そういえばさ、春」
「ん? 何?」
「オマエの元気はいつ戻ってくるんだ?」
小倉くんが僕に問う。
真剣な表情でこっちを見てくるので、僕はなかなか返答が出来ない。
「……」
「……」
沈黙と湯の音が銭湯に響く。
そうして幾分の時が経ったのだろうか。
やがて小倉くんが口を開く。
「戻ってこないなんてことはないよな? 春」
「うん、それはないと思う。それに」
ここで言葉が止まる。
「いや、なんでもないんだ」
「そうか」
「うん」
「春、思春期だな」
「そうみたいだね」
僕は気軽に言うに留まる。