1-13 朝の風景
直の朝はとにかく早い。
まだ僕が寝ているうちから起きているのは確実で、いつも朝食の準備をしているし、僕が寝坊しないように起きる時間を過ぎているときは速やかに起こしてくれる。
実際、僕はそんな直に甘え切っている。
「春、春」
直が、僕のことを揺り動かす。
「……あと十分」
「だめ」
「お願い」
「しょうがないな」
「やったぁ」
「じゃあ、後十分だけ」
そう言って、直はキッチンの方に戻っていく。
キッチンからは、朝食の定番である目玉焼きのいいにおい。
直の場合、においは良くても、味が落ちるという不思議な料理の腕を持っている。だけど直の作ってくれた料理なので、こんなに嬉しいことはない。
今日も残さず食べようと、いるかどうかもわからない神様に誓う。
「春、十分たった」
「ほんとに?」
どうやら、いつのまにか時間になっていたらしい。
「ん。だから起きて」
「うん、わかった」
直をこれ以上困らせてはいけないと思い、僕はむりやり体を起こす。
「おはよ」
「うん、おはよう」
制服にエプロン姿で直が、窓から入る斜光とあいまってまぶしく見える。
今日もその無表情さは変わりがなくて安心する。
「顔洗ってくるね」
「ん」
僕は一度ノビをしてから、洗面所へ向かう。
洗面所には直が用意してくれたのか、新しいタオルが置いてある。
僕は早速、そのタオルを使って顔を洗う。
ついでに歯も磨きながらつぶやく。
「……地震こなかったなぁ」
でも、鳥子さんの予知は期間を示していなかったから、きっとこれから地震が起こるに違いない。
そして、これから地震が起きるまでの間、毎日布団をくっつけて寝るのも間違いない。
しかし、昨日の夜の直はなんだったんだろうか。
お兄ちゃんと呼んでいい、なんて言っていた。
「春」
向こうから直の呼ぶ声が聞こえて、僕は思考を中断させる。
「ごはん、食べないと」
「うん、わかった」
呼ばれた僕は、部屋の真ん中に置いた小さなテーブルへと向かう。
もちろんテーブルには、直が作った朝ご飯が並べられている。
さきほどいいにおいがした目玉焼きを筆頭に、こんがり焼けた食パンとポテトを中心としたサラダがある。
「さあ、食べよ」
すでに座っている直は、僕にも座るように促す。
「ちょっと待って。着替えてからにするよ」
「ん、わかった」
僕は急いで着替え、そして席に座る。
「じゃあ、いい?」
「うん。OK」
直が両手を揃えながら合図をし、僕もそれに応えた。
「いただきます」
「いただきます」
まずは目玉焼き。
メインからである。
「おいしい?」
無表情ながらも懸命に聞いてくる直。
これはいつものことだ。
「おいしいよ」
「ほんとに?」
「うん、おいしい」
「春、ほんとのこと言って」
「ごめん。おいしいんだけど、やっぱり味気ない気がするんだ。なんだか」
「そう」
表情には出ないけど、やっぱり残念そうにしている直。そして、このやり取りも残念ながらいつものこと。
やがて、食パンもサラダも食べ終った。
「ごちそうさま」
「ごちそうさま」
二人一緒に挨拶をして、後片付け。
「春、今日のお弁当」
「うん」
お揃いのトートバックを渡される。
「ありがとう」
お弁当は一日交代で互いに作っている。
直は朝に強いので朝作り、僕は朝に弱いので夜作り。
「なんだかいつもより軽いね」
「ん」
「どうして?」
「開けたらわかるよ」