1-4 白と黒と灰色
吉田さんと別れ、僕は図書館を探索する。
というのも、恋愛に関するサンプルを小説という形で集めようと思ったからで、それはとてもいい案のような気がした。
なので、お勧めコーナーを重点的に調べて、いくつかの本をピックアップする。
正直、どのタイトルもあらすじも気になるものばかりで、いろいろと目移りしてしまう。
感覚で選びようにも、その直感が働かない。
おかげで、僕は三十分以上も費やしてしまった。
「さて、どうしようか」
立ち往生しながらも考える。
結局、手元には一冊も残らない。
やはり、選びようにも選びきれないのだ。
「あれ、先輩?」
と、そこで絵里ちゃんの声。
僕は声のした方へと振り向く。
「あ、やっぱり先輩です」
ぱたぱたと駆け寄ってくる絵里ちゃん。
サイドにくくった髪が規則的に揺れていて、僕はそれに目がいく。
「先輩、こんなところで突っ立っていて何をしてるんですか?」
絵里ちゃんはキラキラとした瞳で聞いてくる。
いつもと変わらない瞳。
それになぜか安心する。
絵里ちゃんがそのまま見つめてくるので、僕ははぐらかすように答える。
「何をしているんですか、って聞かれても明確な答えはないよ」
「そうなんですか?」
「うん、そうなんだ。でも、しいて言うなら本を探していたとこ」
「あ、ここは図書館ですから本ですよね。私、聞くこと間違えました。これはてへって感じです」
そして絵里ちゃんは、舌を出しててへっとする。
元気っ娘な彼女らしい姿だ。
「ていうか、僕が本を探している可能性に至らなかったのはどうしてなわけ? だってさ、ここは図書館じゃないか」
「そうですね。たしかに先輩の言う通りです」
「じゃあ、どういうこと?」
僕は刑事にもなった気分で聞いてみる。
いや、むしろ探偵の気分だ。
「さあ、言いたまえ。どうして図書館で本を探している可能性に至らなかったのか。その理由を教えなさい」
「しょうがないですね。わかりました」
僕の大仰な言葉遣いにもひるまずに、鞄の中から教科書とノートを取り出す。
そして、僕の目前で掲げてみせた。
「理由はこれですよ。探偵さん」
とりあえずごっこ遊びに付き合ってくれたものの、絵里ちゃんは答えは明示してこない。
というか、答えは何だろうか。
僕にはわからない。
閃きさえも出てこない。
「あれ? わかりませんか? 先輩?」
なぜか得意げな表情の絵里ちゃん。
「……」
なんだか悔しい。
自分から仕掛けておいてこの調子だ。
けど、なんだか自分らしいともいえる。
「先輩、もう正解言いますよ。正解は私の中で、図書館=勉強することだからです」
「あーそっか」
なんだか拍子抜けする。
しかもテストと聞いて、現実を痛感した。
「そういえばさ、もうすぐ期末テストだよね」
「そうですよ、先輩。期末テストなんです。だから勉強しに来たんですよ。私の家は、弟と妹がたくさんいて勉強できる環境に適していないですから」
「あ、そうだったね」
そして僕は、遊園地デートをした時にかかってきた絵里ちゃんの電話を思い出す。
あの時は、弟や妹達の声がたくさん聞こえてきて微笑ましかった。
「ところで先輩」
「あ、何?」
「先輩は何の本を借りる予定なんですか? 私、気になります」
絵里ちゃんはうきうきした表情で聞いてくる。
「僕が借りようとしている本が気になるの?」
「はい、気になります。なんたって私の大好きな人ですから」
「あ、えっと」
「先輩。いつもどおりでいてください」
まぶしすぎるほどの笑顔で言う絵里ちゃん。
けど、僕はそれに応えるすべを知らない。
なので、心の中では戸惑ったままだ。
「あのさ、絵里ちゃん」
「はい」
「実は恋愛小説なんだよ」
「そうですか」
「うん。最近、いろんなことがあって戸惑っていて、少し気分転換でもをしようと思って借りるつもりでいたんだ。こんなことを言うのもあれなんだけど、絵里ちゃんに告白されたことも戸惑いに入っているんだ。だから、もっと心の内側の部分でしっかりと考えてみたいと思ったんだよ」
「先輩、私のことは気にしないでくださいといいたいです」
「そんなことを言われてもだめだと思う。やっぱり考えていかないと」
「いいえ。そこまでしなくていいんです」
絵里ちゃんが真剣な表情で告げてくる。
「なんていったって、私が勝手に気持ちを伝えただけですよ。それに先輩、白か黒で極めようとするからこんがらがっていけないんです。テストじゃないんですから。白と黒を混ぜた灰色の部分が大切じゃないですか?」
「灰色?」
「そうです。灰色です」
それは簡潔に言えば、どういう意味になるのか。
あえて曖昧な部分を残してという意味だろうか。
僕がそんなふうに考えこんでいると、絵里ちゃんがさらに話しかけてくる。
「でもですね、先輩。私、こうも思ってしまいました」
「何を思ったの?」
「私のこと少しでも考えてくれるのなら成功です、とも」
「そうなの?」
「はい、そうです」
絵里ちゃんはうなずく。
「先輩。私、ずるい女の子ですね。だって、そういうことも計算に入れてたことになるんですから」
とはいうが、それは計算ではない。
「そんなことないよ。それにそういうことをするのはいいと思うんだ」
「どうしてですか?」
「わからないけどそう思うよ」