3-17 文化祭(9)
二人組に連れてこられた場所は、この学校の中央に位置している中庭だった。
中庭にはすでに人が集まっていて、皆、踊りに興じている。
小さなキャンプファイアーを囲んでマイムマイムだ。
「先輩、マイムマイムって」
「うん。たしか水に関係する踊りだった気がする」
けど、そんなことは関係なく、本当に楽しそうに、あるいは適度に適当で気持ちよさそうに踊っていたりする。
そして、それがこっちにまで楽しさが伝わってくる。
非日常の雰囲気を存分に感じることができるくらいだ。
「見ての通りきっちりはしていないけど、これはこれはいいもんでしょ」
「さあ、君達も思う存分楽しんじゃなさいな」
二人組に促されて、絵里ちゃんと僕は踊り場にまろびでる。
近くの人に手を繋がれて、いつのまにか踊る体勢が整っていく。
踊り始めると、案外すんなりと入れたのでびっくりする。
記憶の中にあったマイムマイムとは全然違ったけど、周囲の人を見ながら一通りは踊ることはできた。
「さて、次は一般的なフォークダンスでいきましょうか」
この場を仕切る人の声が聞こえて、軽快な音楽が鳴り響く。
それを合図にして、また周囲の人が踊りだす。
フォークダンスなんて小学校の時以来なので、僕は見よう見まねで手足を動かす。
「先輩、私の方が上手いですよ」
「あー、それは言わない約束で」
なんなくこなす絵里ちゃんを参考にしながら、僕も踊っていく。
「なんか照れますね」
「右に同じく」
照れてしまうのは、たびたび目が合ったりするからだ。
これこそが絵里ちゃんの提言するラブラブイベントなんだろうか。
ただそれよりも、僕にある感情が芽生えてくる。
「絵里ちゃん」
「はい」
「まったく論理も何もないんだけどさ、こういうのってとてもいいよね」
それは率直な感想。
「なぜだか知らないけど、こういうことをしていると自分の中の輪郭が出来上がっていく気がするんだ。形が出来上がっていくというか感情が固まっていくというか。……ごめん。なんだかよくわかんないこと言っている気がする」
僕は自分でも表現しにくいことを一生懸命伝えようとする。
けど、あまりよく言葉に出来ない。
絵里ちゃんはというと、黙って首を振っている。
「私、そういう先輩の感性が好きです」
「え?」
なぜかその言葉で、急に心臓が高鳴る。
夕日の斜光と相まって、絵里ちゃんがいつも違って見えてしまう。
「いえ」
絵里ちゃんが言い直す。
「そういう先輩が大好きなんです」
「……」
そして、今度こそ本当に言葉が出ない。
対して、絵里ちゃんの言葉はどこまでも真摯に僕を貫いてくる。
なので、急に周囲から切り離されたように感じる。
「先輩、いきなりごめんなさい」
「いや、いいんだ」
結局、僕はそれしか言えない。
「そんなことないです。私、何の準備もなくいきなりすぎましたよね」
絵里ちゃんの表情が、少しだけ苦笑に変わる。
「だけど、さっきお化けに説教されましたから。伝えたいことは伝えること。未練を残しちゃいけないって」
「そっか」
今の僕はあまり誠実ではない気がする。
空虚とでも言うのだろうか。
言葉がまるで乗っていない。
「先輩?」
どうやら少しの間、微動だにしないで固まっていたみたいだ。
サイドに括った髪を触りながら、絵里ちゃんが心配そうにのぞき込んでくる。
「大丈夫。びっくりしただけだから」
「そうですか」
そして絵里ちゃんはさらに言う。
「あの、先輩」
「何?」
「そこまで深刻にならないでくださいね。私のことが眼中にないのはわかっていますから。それに、べつに付き合ってほしいって言っているわけではありません。私、今のままの関係でいいんです。今の妹キャラも大好きですから」
「絵里ちゃん」
「はい、なんですか? 先輩」
「気を使わせてごめん」
いや、そもそも何に謝っているんだかわからない。
それがもどかしい。
「いいですよ。だって、それが私の大好きな先輩ですので。だから、ずっと好きでいさせてくださいね」
絵里ちゃんが満面の笑みを見せてくる。
オレンジの夕日の中、僕はその絵里ちゃんの笑顔が目に焼き付いて離れないでいた。