3-13 文化祭(5)
喫茶店で出された軽食は、文化祭のレベルにしてはかなり素晴らしかった。
どこかの喫茶店で技術指導を受けたみたいにおいしく、絵里ちゃんも僕も十分に満足して逆転喫茶を後にした。
「先輩、次どうしましょうか」
「そうだなぁ。絵里ちゃんはどうしたい?」
「私ですか?」
「うん」
「そうですね。ここは先輩に決めてもらいたいです」
「そっか」
「はい」
「じゃあ、人の流れに身を任せてみようか」
「わかりました」
絵里ちゃんが笑顔でうなずく。
目的もなく、どこに行けるかは定かではない。
けど、流れに身を任せてみるのもいいと思う。
「先輩、どうやらみんなこっちに吸い寄せられていきますよ」
「そうみたいだね」
僕達は人の多い方に身を任せて歩いていく。
階段を登ったり降りたりして、喧騒の方へ進み続ける。
そうしてしばらく歩いていると、あるスポットに人がかなり集まっていた。
「先輩、ここは」
「お化け屋敷か」
長い行列を作っているのは、廃病院をイメージした作りになっているお化け屋敷。
下見をした時も、なんだか個性的で気にはなっていた。
「そういえば遊園地でのデートの時は、お化け屋敷に行きませんでしたね」
「そうだったっけ?」
「そうですよ。先輩は忘れっぽいです」
「まあ、そこは否定できないよ」
僕は苦虫を噛み潰したような顔で言う。
けど、そんな顔をしても忘れっぽいという事実は変わらない。
「それで先輩。せっかくだから次はここにしませんか?」
「うん。そうしよっか」
「では、並びましょう」
「そうだね」
僕達は列の最後尾に並ぶ。
お化けのメイクをした係りの人が、看板を持って最後尾に立っていたのですぐにわかった。
「先輩」
「ん?」
「私、今思いついたんですけど、前の遊園地デートで一つだけ失敗したことがあるみたいです」
「えっと、何?」
「それはですね。やっぱりお化け屋敷に行かなかったことでした」
「え? 入る前から断言していいの?」
僕は疑問に思って聞いてみるが、絵里ちゃんの答えは明快だ。
「もちろんいいんです」
「そっか」
こっちとしては、そこまで主張されたらうなずくほかない。
なんにしても、文化祭を楽しんでいるのはいいことだ。
「私としては、こんなラブラブイベントを見逃すわけにはいきません」
と思ったら、かなり理由が違った。
それにラブラブイベントとはなにか。
「ラブラブイベントですか? それは恐怖が蔓延するお化け屋敷の中でおもいっきり抱きついたりすることですよ。あ、言っちゃいました」
なんだか不穏な単語がたくさん聞こえた気がする。
「でもさ、お化け屋敷はそんなに甘い場所じゃないと思うけど。それに僕は、獅子が我が子を千尋の谷に突き落とすように絵里ちゃんを突き放すから」
そうかしこまって言うが、単に恥ずかしいからしたくないだけだ。
とてもじゃないけど、絵里ちゃんを発言を受け入れることはできない。
「先輩。それはドSです」
絵里ちゃんが文句を口にする。
けど、気にしない。
「でも、ほんとうに私が怖がって抱きついたりしてしまったら、先輩は突き放したりするんですか?」
サイドにくくった髪をいじりながら、絵里ちゃんが不安そうに聞く。
僕はそんな絵里ちゃんを見て、自分の矮小さを実感する。
「いや、そんなことはないと思うけど」
「本当ですか?」
「たぶん」
「たぶん?」
「いや、絶対だよ」
僕がそう言うと、絵里ちゃんは笑顔になる。
「やっぱり頼りになる先輩です」
「そんなことはないよ」
「いいえ、頼りになりますよ、先輩」
機嫌良く腕を組んでくる絵里ちゃん。
けど、絵里ちゃんのその認識は改めた方がいい。
そんなことを僕は思っていたりしている。