3-12 文化祭(4)
まず最初に自然な感じで客引きをしていた劇を見て、その出来に満足した僕達は男女が逆転しているコメディチックな喫茶店に入った。
とはいっても、男装も女装も本格派。
内装までもしっかりとしている。
「いらっしゃいませ」
男装の女の子に声をかけられる。
そのまま案内されて、僕達は席に着く。
「先輩」
「何? 絵里ちゃん」
「机とか椅子を見てください。はっきりとした木目がついてますよ。これはかなりの本物志向ですね」
「ほんとだ」
机や椅子は学校のではなく、ちゃんとしたのを使用している。
それがいっぱしの喫茶店みたいな演出になっているのだ。
「ここすごいとこですね」
「うん。でも、コンセプトがよくわからないけど」
「それはギャップじゃないでしょうか。この内装なのに逆転喫茶ですよ」
「ああ、そっか。そうだね」
僕は納得しながらうなずく。
そしてなおも絵里ちゃんと話し込んでいると、女装の男の人が注文を取りに来る。
彼は女の子でもためらうようなフリフリのメイド服。
正直凄いレベルの色物を来ているのに、あまり違和感がない。
不思議だ。
恥じらうことなく、堂々としているせいだろうか。
「あの、お客様。ご注文をお決まりになりましたか」
「あ、はい」
給仕のしぐさも完璧である。
相当練習を積んだに違いない。
「絵里ちゃんは決まった?」
「あ、えっと、先輩。なんですか?」
絵里ちゃんもこの喫茶店が醸し出す不思議な魅力にやられていたようで、しばらくぽーっとしていたらしい。
「注文だよ」
「あ、すいません。先輩。今、決めます」
絵里ちゃんは慌ててメニューを開き、注文を考える。
考えながらも給仕の彼が気になるようで、何回かちらちら見ていたりする。
けど、僕はかえって絵里ちゃんの視線の方が気になってしまう。
「先輩、決めました」
「うん。それで?」
「私、気まぐれスコーンとアールグレイにします」
「じゃあ、僕はさわやかクッキーとオリジナルブレンドハーブティーで」
「かしこまりました。ではごゆっくりどうぞ」
彼は優雅に礼をして去っていく。
絵里ちゃんはそんな彼の後ろ姿を見つめて、キラキラした瞳になる。
「せ、先輩っ。聞いてください」
「なんだかあまりいい予感がしないけど一応聞くよ。そんなに嬉しそうな顔してどうしたの?」
「どうしたのではありませんよ、先輩。私、大発見をしました」
「そんなこと言われても困るな。それに絵里ちゃんの言いたいことがだいたい予想がつくんだ」
「そうなんですか? 私の考えていることがわかるなんて先輩すごいですね。でも、口に出して伝えます」
にやりと笑う絵里ちゃん。
やっぱり悪い予感は当たっている。
そうに違いない。
「いいよ」
「いいえ、伝えます。先輩」
「いいって」
「そうはいきません」
「いいのに」
僕は何度も念を押す。
けど、聞く耳を持たない。
「では言いますよ。先輩も女装をしてみていかがですか。絶対に似合いますから」
そして今度は満面の笑みを見せる。
「あーやっぱりか」
直と似ている僕は女顔だ。
不覚にも、今まで似たようなことを言われたことがある。
「むしろ私も男装をして、街などを歩いたりしましょうか」
「いや、それはちょっと。絵里ちゃんの男装姿を想像できないんだけど」
というか、痛いところを突いてくる。
これは、綾と僕がしている秘密の遊戯そのままだ。
「なんて冗談ですよ、先輩」
にこにこと笑いながら絵里ちゃんが言う。
「残念ながら、私は先輩みたいに似合わない気がしますから」
「あ、そうかもね」
僕がそう言うと、絵里ちゃんは頬を膨らます。
「もう、先輩正直すぎですよ」
なんだかご不満のようだ。
「やっぱり私だって男装姿が似合う時は似合うんです」
「そうかな?」
「そうですよ」
宣言されて次の言葉を探す。
けど、見つからない。
なので僕は、絵里ちゃんに男装は絶対に似合わないなと思いながらも、ごまかし笑いをするだけだ。