3-11 文化祭(3)
岩崎さんが連れてきた場所はなんと屋上だった。
シリンダー錠の取っ手を回し、扉を開け、僕達を招き入れる。
「ここは日常の喧騒に疲れた時の安らぎの場所」
岩崎さんが辺りを見回して言う。
今日は文化祭だけあってか、屋上には誰もいない。
そういえば、屋上部の文化祭活動も見かけなかった気がする。
「あー、屋上部に文化祭の活動なんてないんだよ。私達はネコのように気ままだからね。気ままであるからこそ屋上部。そしてこれが信念でもあるわけだ」
僕の疑問を察したのか、岩崎さんが屋上部の実態を説明してくれる。
屋上部とは、まるで絵を描いている時の気ままな直みたいだ。
「直とはホントに相性が良さそうですね」
「そうだな」
岩崎さんは何のためらいもなく言い切る。
「先輩」
ここで絵里ちゃんが口を挟んでくる。
「これは先輩達や私が高校に入学した時に、屋上部を選ぶためのフラグでは?」
「え? フラグ?」
「はい、フラグだと思います」
フラグと言われても何だかわからない。
なので対応に困る。
「だって私はですね、なんだか知らないけど猛烈に感動していますよ。このきれいな景色を見て屋上部に入ろうって思いますもん」
たしかにきれいな景色だ。
中学の屋上とは一味違う光景が広がっている。
「えっと、先輩はそうじゃないんですか?」
絵里ちゃんが聞く。
けど、僕はわからない。
「どうだろうね。わからないよ」
「そうですか」
「うん」
それを聞いて、絵里ちゃんはいささかがっかりしている。
ともあれ、絵里ちゃんと僕は岩崎さんに紹介された屋上の景色を堪能。
僕達の間になんともいえない心地よい空気が流れ、すっかり安らぐことができた。
「さて」
パンと手を叩く岩崎さん。
「心を落ち着けたとこで、自然と文化祭を楽しむための下準備や道筋も出来ていると思うぞ。おたく達にはなんだか迷いがあったみたいだけど、今は無くなっているはずさ。なぜなら、物事とは時間を置くことによって自然にできていくものだからな」
「そうなんですか?」
「まあね」
絵里ちゃんと僕は互いに見合す。
たしかに今なら迷うことなく楽しめそうな気がする。
絵里ちゃんもそんなふうに微笑んでいる。
「でも不思議ですね」
僕は岩崎さんに言う。
「何がだい?」
「さっきまではそんな気が全然していなかったんですけど」
「そういうものなんだよ。自然にそうなるわけだ」
「自然にですか?」
「そう。そしてそれは人間関係に当てはまるよ。まさに為るようにしかならない。気がつけば何事も然るべき道筋へと自然に収斂されていく。抗うとか抗えないとかではなく、まるで定められているようにそうなるんだ」
そう言って、岩崎さんは少しだけ悲しそうな顔をする。
なので絵里ちゃんと僕は、その言葉を黙って聞く。
「て、今の憂鬱げな感じは皮肉屋の私らしくなかったな」
岩崎さんはあまり見せない笑顔で言う。
「あ、えっと」
僕は困惑する。
元気者の絵里ちゃんも同様だ。
「うん。私らしくない。おたくもそう思うだろ」
「えっと、そうですね」
僕がそう返すと、岩崎さんはふふっと笑う。
「なんかおたくの前にすると、へんな言葉がぽろぽろ出てくる」
「そうなんですか?」
「そうだよ」
「岩崎さん。それは先輩が頼りになるからですよね」
「いや、そんなことはないけどな」
もちろん僕もそうだと思う。
けど、絵里ちゃんは納得がいかないらしい。
さらになんか言い募っている。
ともあれ、とりあえずいつもの調子に戻った岩崎さんに安堵しつつも、絵里ちゃんの認識も改めた方がいいなあと思うのだった。