2-20 ハロウィン(7)
宴もたけなわ。
好評だった鍋もすっかり無くなり、ハロウィンパーティーから続く一連の流れは終わりを迎えつつあった。
美咲さんはすでに舟を漕ぎはじめているし、直はスケッチを始めている。
直が何を描いているかといえば、区分けしたお菓子だ。
細部にわたって、綿密に描写している。
あいかわらず素晴らしい出来である。
「春くん」
「何ですか? 鳥子さん」
「貴方に、二つ、三つばかり言っておきたいことがあるんですが、私の話を聞いてくれますか?」
「いいですよ」
僕は鳥子さんの妖艶な微笑みを受けとめる。
「それでは確認を致しますので、どちらか片方の手を貸してください」
「手ですか?」
「はい、そうです」
「わかりました」
僕は自分の手をおずおずと差し出す。
すると鳥子さんは僕の手を取り、熱心に見つめる。
正直、穴が開くくらいの勢いだ。
なので、気恥ずかしさが芽生えてくる。
「あの、どうしたんですか?」
こらえ切れなくなって、疑問を投げかけてみる。
「鳥子さん?」
なおも黙って僕の手を見つめている鳥子さん。
僕はだんだんと心配になってくるが、すごい能力を持っている鳥子さんのことだ。
僕が窺い知れないビジョンが浮かんでいるのかもしれない。
「…………」
鳥子さんが何事かつぶやく。
その声は僕には聞こえない。
けど、もう気にはならない。
とりあえず鳥子さんからの託宣を待つだけ。
「春くん」
やがて五分くらい経過して、鳥子さんが顔を上げる。
「はい、なんでしょう」
緊張した面持ちで僕は尋ねる。
「やはり私の見込み通りです」
「あの、何がでしょうか」
「いいですか。よく聞いてください」
「はい」
姿勢を正して、鳥子さんの言葉を待つ。
「貴方には女難の相が出始めています」
「え?」
「女難です」
鳥子さんはきっぱりと告げる。
「あの、どういうことですか?」
僕はとりあえず聞いてみる。
「女難とはですね、女の子に振り回されて自らの行動に自由がなくなってしまうことですよ」
「はぁ」
「それを踏まえて春くん。大切なのは誰にでも優しくすることではありません。誰にでも優しいということは、誰にも優しくないということと同義なのですから」
「そういう捉え方もあるんですか」
「はい、そうです。この言葉は深く胸に留めておいてくださいね。それと自分と物事との間に然るべき距離を築くのは大切ですが、やがて打破するべき時がくるはずです。その時を注意深く見守ってください。逃してしまうとさらなる女難が待ち構えていますよ」
鳥子さんは滔々と述べる。
その内容は、僕の心情まで理解していてくれた。
「あの」
「はい、なんでしょう」
「それは綾と僕の始まらないストーリーにも関係していますか? 僕はそれで問題ないと思っているんですが」
「それは直さんのセリフですね」
「はい」
「そうですね。関係していますよ」
「そうですか」
僕はなんともいえない気持ちになる。
胸の内側がもやもやして、いたたまれない気分だ。
「結局、僕はどうすればいいのでしょうか」
「それは心を解放して、欲するままに行動していけばいいのですよ」
そして、この鳥子さんのアドバイスを、僕はどこか外れた感覚で聞く。
これはまるで、綾が告白された後に感じる疎外感に似ている。
あの不可解な感じにそっくりである。
「どうしたのですか? 春くん」
どうやらぼーっとしていたみたいだ。
鳥子さんに心配されている。
「なんでもないですよ」
僕はとりわけ表情を変えずに答える。