2-18 ハロウィン(5)
「トリック・オア・トリート!」
悪戯か、ご馳走か。
美咲さんの叫び声が、夜の闇に木霊する。
まるで火の用心を叫ぶ人並みの声の大きさに、近所迷惑もいいところだ。
これは後で、近所中に菓子折りを持って行かなくてはいけない。
「次はどこですか? 美咲さん」
すでにたくさんのお菓子を手に入れた僕達は、なおも近所を練り歩く。
美咲さんを先頭にして、ロールプレイングのパーティ歩きのように一列に並んでいる。
並びは、美咲さん、僕、小平さん、直、鳥子さんの順番。
東風荘からスタートして、ずっとこの調子だ。
「次はこっち」
美咲さんが指し示す方角に従って、僕達は歩く。
通りすぎる人々は、一様に僕達の集団を見て驚いている。
けど、もうその視線にもなれた。
今は心地よささえ感じている。
「小平さん、調子はどう?」
僕は後ろにいる小平さんに声をかける。
「調子って何よ?」
「あ、そうだね」
「でも、言いたいことはわかるけど」
「じゃあどう?」
「んと、なんだか新鮮で楽しい。仮装も悪くない」
「そっか」
小平さんの上々な感想も聞けたところで、次の目的の家にたどり着く。
美咲さんがインターホンを押して、仮装戦隊ハロレンジャーと名乗った。
いくらここの家に小さな子どもがいるからって、そのネーミングは嘆かわしい。
もう少しマシな言い方はなかったかなと思う。
「あっ!」
ガチャリ、とドアが開き、就学年齢に達していない小さな子どもが出てきて叫んだ。
その子は僕達の格好を見て、楽しそうに笑う。
なんだか微笑ましい光景だ。
「トリック・オア・トリート!」
美咲さんが楽しそうに声を張り上げる。
「お菓子をくれなかったら、キミに悪戯しちゃうぞ」
小平さんも妖精のくせに不穏な脅し文句を口にする。
その間、僕は手作りの紙の包丁で子どもを脅し、直はジャック・オー・ランタンを掲げて、自分の無表情な顔を照らす。
「ちょっと待ってっ」
彼はどたどたと足音を立てて去っていく。
「ママ、ママ、お菓子」
「はいはい」
楽しそうな声がここまで聞こえる。
どうやら僕達以外にも楽しんでもらえているみたいだ。
「はい、お姉さん。持ってきたよ」
子どもが嬉々として、美咲さんにお菓子を渡す。
それは小さながぼちゃのパイ。
受け取ったお菓子は鳥子さんが預かる。
「ありがとー」
「きゃー、かわいい」
美咲さんがその子を猫かわいがりしはじめた。
彼は身をよじりながらも嬉しそうにしている。
「さて、それじゃあキミにもお菓子をあげようではないか」
美咲さんが楽しそうに言う。
「えっ、ほんと?」
「ほんとですよ。ぼうや」
そして、最後尾にいた鳥子さんが前に出てくる。
「何もないところからお菓子を出して差し上げましょう」
「えー、そんなことできるの?」
「ええ、出来ますよ。なぜなら私は魔法使いだからです」
と、鳥子さんがそう言った瞬間である。
どういう手品なのかはとんと見当がつかない。
けど、いつのまにか鳥子さんの手の中はお菓子であふれていた。
これは、前に見せてもらった林檎の手品の進化バージョンだ。
「わぁ、すごいすごい。どうやったの」
「それは内緒ですよ」
「そんなぁ、教えて」
「内緒です。秘密は明かしたら秘密で無くなってしまうのですから」
「そっか。それなら教えてもらうの我慢する」
やけに聞きわけの良い子どもだ。
「いい子ですね」
鳥子さんも子どもの頭をなでる。
「ご褒美にお菓子を一つあげましょう」
「やったぁー。魔法使いのお姉ちゃんありがとっ」
「いえいえ。それではいきましょうか」
「そうだな」
美咲さんが目配せをする。
「バイバイ。みんなっ」
「バイバイ、ぼうや」
こうして、いたずらを嫌がる大人達は子ども達にお菓子を配っていく。
まあ、僕達が子どもかどうかには議論の余地があるが。
けど、ハロウィンの夜はまだまだ続いていくのだった。