2-16 ハロウィン(3)
「春、真由、スケッチしたい」
直がいきなりそう言ったので、小平さんと僕は並んで直立の姿勢を取る。
直はハンガーに掛けてあった制服の徽章付近のポケットからメモ帳を取り出し、さらさらデッサンを開始する。
僕は慣れていたから良かったものの、小平さんはじっとするのが困難なようだ。
微妙にかしこまっていて不自然極まりない。
緊張感がにじみ出ている。
「出来た」
「もう出来たの? 直」
小平さんがびっくりして声を上げる。
それくらい直のスケッチは素早く終わった。
ものの五分もしないうちに完成といったところか。
「見せてよ、直」
小平さんが直に駆け寄っていく。
そして直の書いた絵をのぞきこみ、驚きの声を上げる。
「やっぱり上手いなぁ」
「ありがと」
「どうしたらこんなに上手く書けるの?」
小平さんが聞く。
「対象をしっかり見つめる」
「うん」
「そして模写する」
「うん」
「……」
「それだけ?」
「ん。それだけ」
どうやらあまり参考になっていないようだ。
これは直の瞳が常人より優れていることに由来しているので、参考にならないのも致し方ない。
「直っち、私のは?」
美咲さんが催促してくる。
「わかった」
直が大げさにモデルのポーズを取る美咲さんをデッサンしていく。
それを小平さんがじっと見ている。
「出来た」
「直、早っ!」
こちらも数分して完成。
出来は申し分なく、美咲さんも満足している。
「直っちはほんとに凄いねー。しかもこんなにかわいいし。いやどっちかと言えば、美しいかな。とにかくなんか嬉しいなぁ」
美咲さんは自分の頬を直の頬にくっつけてすりすりする。さらにはキスまでしようとしている。
「美咲さん」
お酒の缶を何本か開けたのだから、もう酔っぱらっているのかもしれない。
そして小平さんは、そんな美咲さんの様子を見ておののいている。
「直が嫌がってますよ」
「えー、そんなことないよね、直っち」
「美咲。少しだけ嫌」
直は無表情ながらも端的に告げる。
「そんなぁ。じゃあ、いつも嫌がっているの?」
「いつもはキスとかしないからいい」
「あ、そっか」
「ん」
「ということは私、今日は祭りだから調子に乗っちゃってるわけだな」
自分で納得し、うんうんとうなずく美咲さん。
「ま、いいよね」
「よくないですよ。自重してくださいね」
僕も必死になって言う。
まだハロウィンパーティーも始まっていないのに出来あがっている美咲さんは、飲むペースがいつもより早い。
缶を何本も開けている。
「さ、坂本」
小平さんが小声で話しかけてくる。
「何?」
「私、上杉さんのバイタリティーについていけないかも」
不安そうな小平さんの声。
「大丈夫だって、小平さん」
「そうかな」
「カラオケの時を思えばたいしたことないから」
「あ」
思いだしたに違いない。
軽く身震いをする小平さん。
「でしょ?」
「うん。それもそうだよね」
「まさしく」
互いに苦笑し合う。
それだけ凄かった。
あの時の美咲さんをはとてつもなかったのだ。
「それよりもさ、楽しまないと」
「え?」
「もう少しでパーティが始まるんだから」
「そうだね」
小平さんがうなずく。