2-14 ハロウィン(1)
買い物を終えて帰宅するとすぐに、ピンポーンと古臭いチャイムが鳴る。
なお、小平さんが家に上がって、腰を落ち着ける暇もなくだ。
「はいはい」
こんなにタイミングが良いのは美咲さんだと思い、僕は返事をすることもなく出ていく。
ドアを開けると、やっぱり美咲さんがいた。
「ハロハローウィン、春坊」
ハロウィンに掛けたのだろうか。
やけに陽気なあいさつをする美咲さんが、僕達の前に姿を現す。
美咲さんはすでに仮装をしており、エンジェルとデビルが半々に混ざったような判別のつかない格好をしている。
けど、フライングもいいところだ。
「美咲さん」
「なんだい」
「たしか開始は十九時半でしたよね。まだ十七時ですよ」
「あはは」
美咲さんが苦笑する。
「もう待ちきれなくてさ」
「それでも気が早いですって」
まるで明日の遠足を待ちきれなくて眠れない子どものようである。
「で、この格好どうだい? 春坊」
美咲さんはくるりと一回転して聞いてくる。
なので、僕は美咲さんの格好をもう一度見直す。
やはりエンジェルとデビルが半々に混ざったようなというイメージは変わらないが、よく見ると胸元が結構開いている。
こういう表現はどうかと思うけど、美咲さんは着ヤセするタイプなんだと確信する。
さりげなくスタイルの良さが映えているし、目に毒だと言いきってもいいくらい扇情的だ。
「似合ってますよ」
「それだけか」
美咲さんに軽くどつかれる。
「それ以外の言葉が思いつきませんので」
「まあ、それもそうだな。春坊だし」
美咲さんはどうにか納得してくれる。
「んじゃ、春坊達も着替えなよ」
「もう着替えるんですか?」
「いいから」
と言いつつ、靴を脱いだ美咲さんが家にずかずかと上がり込む。
「おじゃましまーすっと」
我が家のように遠慮なく上がっていく。
そして部屋に小平さんがいるのを見て言う。
「あれ、キミはたしか真由っち」
「あ、はい」
「遊びに来たのかい」
「えっと、まあそんなようなところです」
美咲さんのハロウィンスタイルの格好も相まってか、かなりびくびくしている小平さん。
前に行ったカラオケが余程トラウマになったのかもしれない。
けど、そんな小平さんが勇気を振り絞るかのように質問する。
「あの、ハロウィンって結局何をするんですか?」
「知らないのかい?」
「はい。よく知らなくて」
「なら、説明してあげよう」
美咲さんは自信満々に胸を張りながら言う。
「まずね、ハロウィンを一言で集約すれば祭りなんだよ」
「祭りですか?」
「そりゃそうさ。こんなに楽しめるんだからね」
それから美咲さんは、ハロウィンの日に一般的に行なわれることの説明をする。
それはあの有名なトリック・オア・トリートの意味から始まり、ハロウィンが行われる宗教的な見地まで話は広がっていく。
「――というわけで、私達は仮装をして近所を練り歩くわけだ」
もちろん、東風荘で開催されるハロウィンパーティーも大方はその流儀にかなっている。
お菓子を貰いに近所を練り歩くのは一緒で、違いはその後がカボチャ風味の闇鍋パーティというだけだ。
「だいたいはわかりました」
しかし、小平さんは言う。
「でも、近所の人は協力してくれるんですか?」
「そこはアレだよ。交渉力。私、顔が広いからさ。近所の人みんな友達なんだぜ」
いや、交渉力も何もむりやり承諾させただけだ。
けど、細かいことを気にしない美咲さんの性格が全面に出ているといえよう。
「はぁ、すごいですね」
「まあね。じゃあ、というわけで真由っちも着替えて。仮装は大学の知り合い経由でたくさん借りてきたから問題ないしな」
「えぇぇっ!」
小平さんが派手に驚く。
「何驚いているのさ。そんなの当たり前じゃないか。ハロウィンパーティなんだから」
「こ、心の準備ができていないんですけど」
「空手部の女の子が何を言ってんの。一に度胸、二に度胸でしょ」
「で、でもそれとこれとは度胸の種類が違いますし」
ショートカットの髪をいじりながら、小平さんが懸命に言い訳をする。
「はい、いいから着替える。あと坂本兄妹も」
こうして美咲さんの圧倒的なバイタリティーになすすべもなく、僕達は着替えをすることとなった。