1-10 竹内 由貴
すべての後片付けを終える。
そして、今日の一日をまた思い返す。
幼馴染の綾がまた告白されて、屋上の給水タンクでその様子を見守った。
綾の機嫌を損ね、イチョウ並木で素直に謝って許しを得た。
買い物をしているとき、久しぶりに会った絵里ちゃんと共闘した。
夜は荘の知り合いの美咲さん達と鍋パーティをした。
「………………」
感慨やセンチメンタルに浸るわけではない。
でも、一日を思い返すことはよく行う。
なぜだかわからないんだけど、自分の中でそういう習慣ができあがっている。
「――春、春」
気づけば、直に声をかけられていた。
直の顔が物凄く近くにある。
「あ、直」
「ん」
「それで?」
「春は寝てたの?」
きっと給水タンクのことを思い出したのだろう。
僕がまた寝ていると思ったらしい。
「いや、ぼっとしていたんだ」
「大丈夫?」
すべてを見通しそうな切れ長の瞳。
その瞳がこっちを見つめてくる。
照れくさくなった僕は、おもわず視線をそらした。
「うん、大丈夫」
「ん、よかった」
昼と同じように、両手を握ろうとした直。
しかし僕が、手で制した。
携帯電話がなっていたからだ。
「ごめん、直。ちょっと電話に出るね」
「ん」
僕は充電してあるコンセント付近にまで行って、電話を取る。
そして直に気を使いつつも、少し距離を開けた。
「もしもし」
『あ、もしもし』
急いで電話に出たせいで相手がわからなかったが、声を聞いてすぐわかる。
さきほどまで家にいた竹内さんだ。
竹内さんの声は風貌そのものといった感じで、あっさりとして聞きとりやすい。おもわず聞き惚れてしまうくらいである。
『春くん。今大丈夫?』
「あ、平気です」
『じゃあ、ちょっと話ししない?』
「なんでしょう。忘れ物ですか?」
『それなら、春くん家に戻っているよ』
「そうですね」
『まあ、忘れ物みたいなもんなんだけどね』
竹内さんがおちゃらけた調子で言った。
それでも声に美しさを持っている人だな、と僕は思う。
「竹内さん、将来オペレータになったらどうですか?」
『えっ? 何?』
「いえ、なんでもないです。ところで何用でしょうか?」
『春くん。用がなければさ、私はかけてはいけないのかな』
「それは竹内さんのキャラじゃないですよ」
『そうだね。若干慣れないことをしたと私も思う。まあ、気にしないでよ』
うふふと笑う竹内さん。
『で、春くん。私が聞きたかったことなんだけどさ』
「はい」
『来週あるバレーボールの集まりこれる? 来週はどうも人が集まらないみたいで困っているんだよね』
言葉通り困った調子の竹内さん。
ぜひとも僕に参加してほしいと述べている。
対して僕は、今日絵里ちゃんにも言ったように、来週の集まりには参加する予定で間違いない。
なので、参加する旨をつげることにする。
「行けますよ、来週」
『ほんと? ありがとう』
「で、結局どれくらい人集まりそうなんですか?」
『それがなんだけど、あいにくタイミング悪くてか六人ぎりぎりくらい。もちろんこれは私や絵里ちゃん、そして直くんも入れてなんだけど』
「そうなんですか」
六人か。
規定人数ぎりぎりでほんとに少ない。
『それで相手のこともあるし、どうしても最低六人集めなくてはいけないんだ。ていうか、こんなにタイミングが悪いこと初めてでびっくりだよ』
たしかに竹内さんの言うことよくもわかる。
なぜなら竹内さんが主催する『ジモティーズ』というちょっと野暮ったいネーミングのバレーボール会は、下は中学生から上は大学生までの男女問わず、毎回十人以上は集まっているからだ。
なので、今回はよほど珍しい事態である。
「ところでですね、竹内さん」
『ん? どうしたの?』
「美咲さんは来るんですか?」
『あの子はちょっとムリだって。彼氏とデート。でもそろそろ心配なんだ。美咲が別れる予兆ってのが見え始めたから』
「ということは、僕、またからまれるんですね」
『あはは、そうだね』
「いやだなあ」
『まあ、がんばって』
心もとない応援も、竹内さんに声にかかれば俄然気分が良くなるから不思議。
『そうそう、予兆で思い出したけどね』
「予兆?」
『近いうち大きな地震がくるらしいよ』
「えっ、それはなんですか?」
『あ、これは鳥子さんが別れ際に言っていたんだけど、彼女、ずっと耳鳴りがするらしくて。だから大きな地震がやってくる頃合いなんだってさ』
「へぇ。鳥子さん、予知までできるんですか」
『そうだよね。謎めいて素敵なんだけど、得体の知れない存在だよ鳥子さんは』