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名も無き戦場  作者: 六花
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レイ編第五話「暁光の月 四の日」

朝は、少しだけ空気が重かった。


正確には“重い気がするだけ”かもしれない。


この街道沿いでは、そういう違いは珍しくない。


レイは、宿場町の外れから通りの様子を見ていた。


直接は近づかない。


だが、見える範囲で十分だった。


人の流れがざわついている。


言葉は飛び交っているが、まとまりはない。


意味を持つ前に崩れている。


(まだ整理されていない)


そういう時間だ。




視線の先に、あの男がいる。


今日も何かを受け取っていた。


布袋。


短いやり取り。


それだけで動き出す。


(あれで十分なのか)


レイは小さく息を吐く。


説明は必要ないのだろう。


少なくとも、あの男にとっては。




外の空気が一瞬だけ変わる。


音が乱れる。


誰かが叫ぶ。


誰かが指を向ける。


だが、そのどれもが遅れている。




影が動いたのは、その直後だった。


速い。


単純な速度ではない。


“認識より先に結果が出る動き”。


(間に合わない)


それを理解するより前に、周囲はようやく動き始める。




男はすでに動いていた。


避ける。

転がる。

立つ。

また避ける。


そこに意思の説明はない。


ただ、結果だけが正しい。


(やはり、反射だ)


レイは一定の距離からそれを見ていた。




しばらくして、空気が止まる。


何かが終わった気配だけが残る。


だが、その意味はまだ誰にも届いていない。




ようやく、周囲が騒ぎ始める。


「何が起きた?」

「見えなかった」

「誰がやった?」


言葉はある。


だが、形になっていない。


(また遅れていく)


レイは静かに視線を外す。




男が戻ってくる。


同じ速度。


同じ無表情。


意味は、そこにはない。


最初から存在していない。




短いやり取り。


成立しているようで、成立していない会話。


だが、それでも関係としては成立している。




レイは布袋を渡す。


それだけでいいと分かっている。


男は受け取る。


そして離れる。




その背中を見送りながら、レイは思う。


(この距離が一番ちょうどいい)


近すぎれば意味が入りすぎる。


遠すぎれば見失う。



今は、それでいい。




町はすでに別の話を始めている。


さっきの出来事は、また別の形に変わり始める。


(意味は、後から作られる)


レイはゆっくりと歩き出す。


一定の距離を保ったまま。

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