レイ編第三話「暁光の月 三の日」
町はいつも通りだった。
木と石の家が並ぶ。
人は歩き、声は行き交う。
特に異常はない。
(問題なし)
レイは荷馬車を停めたまま周囲を見ていた。
商人が呼び込みをしている。
子供が走っている。
兵士らしき者が巡回している。
どれも変わらない。
後ろから、気配が降りる。
拾った男。
周囲を見ている。
視線が速い。
だが、落ち着きはない。
(慣れていない)
それだけだ。
市場に入る。
人々の声が重なる。
意味は自然に流れている。
(普通だ)
誰も困っていない。
誰も混乱していない。
男が立ち止まる。
周囲を見ている。
何かを探しているようだった。
だが、見つからない顔をしている。
店の前に立つ。
食べ物を買う。
商人は普通に言葉を返す。
レイも普通に返す。
問題はない。
ふと、男の様子が気になる。
商人の言葉に反応していない。
理解が遅れている。
(届いていない?)
だが、すぐに思考を切る。
(気のせいだ)
遠くで歌が流れる。
いつも通りの歌だ。
誰かが市場の片隅で歌っている。
意味のある流れ。
意味のある音。
何もおかしくない。
男が、その方向を見ている。
立ち止まったままだ。
その歌は、途切れ途切れに聞こえた。
「乙女はそのまま歩き
竜はそれを見ていた」
男はそのまま立っている。
レイは横目で見た。
(少し変だな)
「行く」
レイは短く言う。
男は遅れて頷く。
その動きはわずかに遅い。
馬車は動き出す。
町は遠ざかる。
男は振り返っている。
まだ見ている。
レイは前を向いた。
(問題はない)
そう判断した。
ただ、ほんのわずかに。
言葉にならない“引っかかり”だけが残った。




