ヴァルク編「暁光の月 一の日」
風は重かった。
乾いた空気の中に、鉄の匂いが混じっている。
地面はすでに踏み荒らされていた。
土と血と焦げた木片が混ざり合い、道の形はとうに失われている。
ヴァルクはそこに立っていた。
剣は抜かれている。
だが、まだ振るってはいない。
(始まっている)
遠くで金属がぶつかる音がする。
叫びも、命令も混ざっている。
だが、それらは言葉ではなく、ただの音だった。
一歩踏み出す。
空気がわずかに変わる。
兵士が倒れる。
誰がやったのかは分からない。
だが、それはどうでもいいことだった。
(またか)
ヴァルクはそれを見下ろす。
何も感じていないわけではない。
ただ、それを形にする余裕がない。
戦場はそういう場所だ。
考える前に終わる。
理解する前に変わる。
背後から気配。
振り向く。
剣を交える。
火花が散る。
短い。
それだけで十分だった。
相手の顔が一瞬見える。
若い。
自分と変わらないか、それ以下。
(知らない)
剣が弾かれる。
落ちる音。
倒れる気配。
そのまま静けさが戻る。
だが、それは平和ではない。
次の衝突までの空白だ。
ヴァルクは剣を握り直す。
手の感覚は鈍い。
血か疲労かも分からない。
それでも、止まらない。
止まれば終わる。
それだけは分かっている。
遠くで旗が揺れていた。
どちらのものかは、もはや意味を持たない。
ヴァルクは小さく息を吐く。
そして、初めて口に出す。
「……まだ、終わってない」
もう一歩、前へ。
同じ一日のはずだった。
だがこの場所だけは、別の速度で動いている。




