6 元に戻った結果
──朝。
目を開けた瞬間、天井の装飾を見てすぐに分かった。
私の、王宮の寝室だ。
アーシャになって、十日が過ぎていた。
やっと戻ってきたのだ。
悪夢から覚めたみたいに――元の体に。
でも、あれは夢なんかじゃない。
私は確かに、アーシャとして生きていた。
彼女の体で、彼女の世界を見て、
そして真実をこの目で見た。
……そう、この目で。
「うっ……」
頭に激痛!
体の感覚はまるで拷問のあとみたいだった。
頭部骨折。
折れた枝が目に刺さり、失明の危機。
手足も折れていて、体はほとんど動かない。
……こんな状態を、アーシャは耐えていたのか。
胸が痛む。
その時、母上が部屋に入って来られた。
以前より、どこか穏やかな顔をしている。
「エリック、安心なさい。アーシャとの婚約は解消されましたよ」
一瞬、意味が理解できなかった。
「え? どうして?」
母上は当然のことのように続けた。
「陛下にお願いして、其方とセリーナの婚約を整えました」
「えっーーええーー‼ あ……頭が……」
痛みが頭を突き抜ける。
母上は気にも留めない。
「アーヴァイン公爵家も承知してくれました。
なので、シリウスとセリーナの婚約も解消となりました」
……嘘だ。
どうして、こんなことに?
「い、嫌です。セリーナは絶対嫌です。死んだ方がマシです!」
母上の目が鋭くなる。
「其方が願ったのではないですか! 何度も死ぬ死ぬと言い張って。いい加減になさい! 陛下がお決めになったのです。もう変更は叶いません」
何だと?
「わ、私が……願った?」
その瞬間、すべてが繋がった。
ああ、
アーシャだ。
彼女が残していった、最後の置き土産。
……報復?
一瞬そう思った。
でも違う。
きっと彼女は信じてしまったんだ。
セリーナたちの、あの偽りの言葉を。
私とセリーナが愛し合っている。
そう、信じてしまった。
「母上聞いて下さい。私はアーシャと入れ替わっていたのです」
必死に言葉を並べた。
けれど当然、母上は信じなかった。
ただの我儘だと決めつけて、
怒りながら部屋を出て行く。
「ま、待って!」
残された私は、何も……身動き一つできない。
……ああ。
どうして、こうなった……。
*****
「アーシャ様、元に戻られて良かったですね!」
明るい声が部屋に弾けました。
ポーラです。
その声に、私はようやく実感しました。
――帰ってきたのです。
自分自身に。
体の痛みからも解放されました。
「ポーラは気付いていたの?」
彼女はにこっと笑いました。
「はい。お嬢様とは全然別人で、凄く偉そうで。エリック殿下に違いない! と」
思わず肩が揺れました。
「そう……ご苦労様でした」
小さく笑いがこぼれます。
ポーラは、入れ替わっていた間の出来事を、詳しく教えてくれました。
殿下は――
レオンとセリーナの本性を、お知りになったそうです。
でも。
レオンは側近で、親友です。
そしてセリーナとは、愛し合っています。
三人とも、似た者同士。
きっと、問題は無いでしょう。
暫くすると、廊下が騒がしくなりました。
次の瞬間、扉が勢いよく開きます。
セリーナが入って来ました。
……また護衛がセリーナに逆らえず、ここに通したのですね。
「アーシャ! 私はエリック殿下の婚約者になったわ! これが正しい事なのよ」
勝ち誇った声でした。
私は穏やかに微笑みます。
「それは、おめでとうございます。私もセリーナお姉様が殿下に相応しいと思っておりました」
「ふん。公爵家も捨てがたいけど、やはり王家とは比べられないわ」
……シリウス様。
胸の奥が、少しだけ痛みます。
申し訳ないことをしてしまいました。
でも、あの方なら。
きっと、もっと素晴らしいご縁があるはずです。
セリーナは嬉しさを抑えきれず、
わざわざここまで報告に来たのでしょう。
「ああ、お前は、どこか後妻にでも嫁がせてあげるわ。無能でも、見た目だけは悪くないものね」
興奮したセリーナの声が、部屋に響きました。
その時です。
ノックの音。
ポーラが急いで扉を開きます。
すると、まるで風が入り込むように、
柔らかな光が廊下から差し込みます。
そこに立っていたのは、シリウス様でした。
ブラウンの長い前髪が、今日は後ろへと整えられています。
今まで隠れていた顔立ちが、
はっきりと光の中に浮かび上がっていました。
整った、美しいお顔。
けれど、それ以上に。
その瞳は――まっすぐで、
どこか決意のような光を宿しています。
私は思いました。
シリウス様は、セリーナを追ってここへ来られたのだろうと。
婚約解消を悲しまれて……きっと。
「シリウス様~。申し訳ないのですが、私はエリック殿下の婚約者になってしまいました」
セリーナが急にしおらしい声を出します。
けれど。
シリウス様は、セリーナを見ませんでした。
ただ――
まっすぐ、私だけを見ていました。
そしてゆっくりと歩み寄り、
穏やかな声で、
「アーシャ、直ぐにここを出よう。私の屋敷に迎えるよ」
そう、仰ったのです。
迷いもなく、
まるで最初から、決めていたかのように。
読んでいただいて、ありがとうございました。




