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幕間:悲哀の観測者、絡みつく思惑

 ――side. 井神 凉――


 二学期の終業式を終え、明日から冬休みに入るという平日の昼下がり。

『午後から四人で遊びに行こー!』という茉依の提案により、俺たちは一度それぞれの家に帰って私服に着替えた後、俺の家に集合して外へと繰り出した。


 まずは腹ごしらえということで、駅裏にあるハンバーガーチェーンのファストフード店へ向かう。

 四人掛けのテーブル席に座り、他愛のない会話を交わしながらポテトをつまんでいると。


 ふと、視界の隅――少し離れた席から、こちらをちらちらと見ている二人組の女子がいることに気づいた。

 クラスメイトの石井和花奈(いしいわかな)と、四谷慶(よつやけい)だ。学校でも、玲茄と一緒に行動していることが多い二人組である。


 ――体育館での一件といい、修学旅行の夜といい、なにかと出くわす機会が多い。


 俺の視線に気づいたのか、二人は少し焦ったような表情になり、四谷が顔の前で『気にしないで』とでも言うように、左右にパタパタと手を振った。

 特に用事があるわけでもなさそうなので、俺は小さく頷き返し、そのまま目の前で楽しそうにハンバーガーを頬張る茉依の話へと耳を傾けた。


 食事を終え、店を出た俺たちは、そのまま近くのゲームセンターへと移動した。

 店内に入るなり、茉依と悠希は最新のキャラクターグッズが入ったUFOキャッチャーのコーナーへ一直線に向かい、ガラスにへばりついて離れなくなった。玲茄も、そんな二人を保護者のような優しい笑顔で見守っている。


 この三人だけで放置しておくと、十中八九ナンパされる。俺は少し後ろに控え、周囲を警戒しながら三人の様子を眺めていた。

 茉依がどうしても欲しいというデカいぬいぐるみの台に陣取り、真剣な顔でアームを操作し始めたので、俺も少し手伝ってやろうと台の横へと移動した。


 何度かチャレンジしたものの、取ることができなかった茉依に代わって俺がアームの操作を始める。


 すると、またしても視界の端に、見覚えのある二人が映った。

 さっきの石井と四谷だ。今回はこちらに気づいていないようで、プリントシール機のコーナーで立ち話している。奇遇にも程がある。

 俺が少し様子を見ていると、四谷がふと振り返り――俺とバッチリ目が合った。


「えっ!?」と、四谷が声に出して驚いたような顔をする。

 彼女は俺の少し後ろで、アームの動きにギャーギャーと騒いでいる茉依たちを確認した後、再び『ごめんなさい!』というように手を左右にパタパタと振り、石井の腕を引いて逃げるようにプリントシール機の中へと入っていった。


「あーっ! りょーくん、よそ見してるから変なとこに落ちちゃったじゃん!」

「……おっと、悪い」


 よそ見をしているうちに、アームはぬいぐるみを撫でることもなく、虚しく定位置へと戻っていった。

 いつの間にか俺の後ろに来ていた玲茄が、「ふふっ、凉ってば、下手すぎない?」と楽しそうに笑い声を上げた。


 ゲームセンターを出た後、それぞれ行きたい店へ連れ立って移動し、一通り駅前のショッピングモールを回り終えた。

「そろそろ帰ろうか」と俺が提案したところで、三人が「最後にドラッグストアに寄りたい」と言うので、一階にある店舗へと足を運んだ。


『ちょっと見てくるねー』と、三人が化粧品や日用品のコーナーへと散っていく。

 特に買うもののない俺は、ブラブラと店内を歩き回っていた。


 すると、とあるコーナーの前で、真剣な顔で棚を睨みつけている見覚えのある後ろ姿に遭遇した。


「……奇遇だね、みこねぇ」


 俺が背後から声をかけると、美琴は「ひゃっ!?」とびくっと体を跳ねさせた。

 そして振り返り、俺の顔を見ると、「……なんだ、凉ちゃんか」と心底安堵したように深いため息をついた。


 俺が彼女の視線の先――棚の方を見ると、そこには小さな箱がずらりと並んでいた。

 美琴は顔を真っ赤に染めながら、俺の耳元に顔を寄せ、甘い吐息交じりに囁いた。


「……これ。次の時のために、一応買っておこうと思ってね」


 美琴が棚から一つ手に取り、「レジに行ってくる」と離れようとする。


 俺はとっさに、美琴の手首を掴んだ。

「……俺が買うよ。これは、俺が持っておく」


 俺は美琴の手から、スッとその箱を奪い取った。

 美琴はぽかんと目を丸くした後、嬉しそうにふにゃりと笑顔を綻ばせ、俺の腕にギュッと抱きついてきた。

 他人の目があるドラッグストアの中だというのに、今の彼女には、理性よりも嬉しさの方が勝っているようだった。


「……よし、会計してくる」

 美琴が名残惜しそうに腕から離れ、俺がレジへと歩き出そうとした、その時だった。


「…………え?」


 数メートル離れた通路の陰。

 そこに、四谷が立ち尽くしていた。

 俺と美琴のやり取り――今までの異様な光景を、一部始終見ていたようだった。


 驚きとも、怒りとも違う。

 なんだか、ひどく悲しそうな顔をして。


(……やばい。全部見られていたのか)

 どうする。言い訳のしようもない。俺が内心で舌打ちをした、その直後。


「凉、お待たせ」

「あれ?会長もいるー!」


 同じく会計をしようと歩いてきた玲茄たち三人と、鉢合わせてしまった。

 玲茄は、俺の手に握られた小さな箱と、美琴、そして少し離れた場所で硬直している四谷へと、瞬時に視線を滑らせた。


 状況を完全に察したのだろう。

 玲茄は「茉依、悠希。少しだけ待っててね」と二人に告げると、迷うことなく四谷の方へと歩み寄った。


 玲茄は四谷の肩に優しく手を置き、少し離れた陳列棚の奥へと彼女を誘導する。

 二人はそこで何事か言葉を交わしている。少し距離があるため、俺たちに会話の内容は聞こえない。


 やがて、玲茄の言葉に四谷が何度か小さく頷いた後。

 四谷は、俺たちの方へヒラヒラと力なく手を振りながら、逃げるように小走りで店を出ていってしまった。


 ――


 夜。俺の家の浴室。


 白く立ち込める湯気の中、甘く気怠い空気が漂っていた。


「……ふぅ。気持ちよかった」


 先ほどまでの余韻を噛み締めるように、湯船の中で俺に背中を預ける玲茄が、甘い吐息を漏らす。


「ねえ、凉。今日、慶に……見られちゃったね」

「……ああ」


 俺の脳裏には、あのドラッグストアで見た、四谷のあの"悲しそうな顔"が引っかかっていた。

 驚きや軽蔑ならわかる。だが、なぜあんなに傷ついたような顔をしていたのだろうか。

 ……まさか、な。


「そういえばあの時、四谷になんて言ったんだ?」

 俺が玲茄に尋ねると、彼女は振り返り、ふふっと妖艶に微笑んだ。


「女同士の、秘密のお話よ」

「……そうか」


 玲茄がそう言うなら、これ以上追求しても無駄だ。俺はそれだけ答え、湯船の縁に頭を預けた。


「あ、そうそう。言い忘れていたんだけど」

 玲茄が、何か些細な用事でも思い出したかのように、事もなげに口を開いた。


「今度、慶と、私と凉の……"三人"で、お出かけしようって話をしたの。日付が決まったら、また言うわね」


(――――三人で、だと?)


 俺は、その不自然な組み合わせに違和感を抱いた。

 俺たち四人の関係を、そして美琴との繋がりを知ってしまったはずの四谷が、なぜ玲茄と俺と一緒に遊びに行くことに同意したのか。

 玲茄の底知れぬ思惑が、確実に四谷へと絡みついているのを感じる。


 だが、俺にそれを拒否する理由はない。

「……ああ、わかった」

 俺が短く答えると、玲茄は満足そうに微笑んだ。


 そして彼女は、湯船の中でゆっくりと反転し、俺に向き合う形で座り直した。


「さ、体も温まったし。……お部屋、いきましょ?」


 俺は小さく息を吐き、彼女に引かれるまま、再び底なしの夜へと沈んでいった。

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