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四人でいることが、日常だった ――名前のない楽園――  作者: いもたにし
第七章 最適化された依存、完成された生態系
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澱んだ水溜まりの底で

 ――side. 井神 凉――


 午後から学校へ向かい、そのまま折崎家へ挨拶(という名の修羅場)に向かった父さんと母さんは、夜遅くになって帰ってきた。


 昨夜、『殺されるかもしれない』と怯えていた父さんだったが、五体満足、かすり傷一つ負っていない様子だった。ただ、父さんはどこか考え込むような、想定外の事態に直面したようなそぶりを見せていた。


「……いや、姉さん、なんだか妙に話が早くてさ。……まあ、いいか。みこちゃんが笑ってるなら」

 ぼやきながら首をひねる父さんを見て、思うところはあれど、あえて追及はしなかった。


 そうして、かつてないほど濃密だった"監査"の日々も終わり、俺たちは年末を迎えた。


 今年の大晦日は、玲茄も、茉依も、悠希も、そして美琴も、それぞれ自分の実家で家族と過ごした。どれだけ強固な箱庭を築こうとも、俺たちにはまだ親の庇護があり、社会の枠組みである"家族の行事"を完全に無視することはできない。


 だが、年が明けた元日。初詣には俺たち四人で揃って出かけた。

 美琴は年始からしばらく家の用事があるらしく、この場にはいない。

 思えば、彼女との関係もこの数ヶ月であっという間に変質してしまった。


 冷たい空気の中、四人で並んで歩き、神社の拝殿の前に立って、白い息を吐きながら静かに手を合わせた。

 誰も何も言わなかったが、それぞれが胸の内で祈った願いは、きっと同じものだったはずだ。


 そして、両親の出国前日。

 両親含め六人で連れ立って町のスーパーへ買い出しに行き、夜は盛大な送別パーティーを開いた。

 テーブルに並んだ手料理と、他愛のない会話。母さんもこの時ばかりは監査官の顔を捨てて笑い、父さんは相変わらず飄々とおどけていた。

 ひどく歪な関係の俺たちと、それを"現状維持"として許容した両親。

 一見すれば、どこにでもある普通の、温かい家族の風景だった。



 ――


 出国当日の朝。


 玄関先には、大きなスーツケースが二つ並んでいた。


「それじゃあ、行くわね。……凉、体に気をつけて」

 母さんが俺の肩を軽く叩き、それから後ろに控える三人の少女たちに、静かに頷きかけた。


「次はいつ来れるか、まだちょっとわからないけどね。でも、十二月には必ず二人で帰ってくるよ」

 父さんがコートの襟を立てながら、俺たちに向けてウインクをして見せる。


「……ああ。気をつけてな」

 俺の短い返事を聞いて、両親はタクシーへと乗り込んだ。

 遠ざかっていく車のテールランプを、俺たちは黙って見送った。


 タクシーの姿が完全に見えなくなり、朝の冷たい静寂が戻ってくる。

「……ふぅ」

 隣で、誰かが小さく息をつく音がした。

 それは安堵の溜息だったのか、それとも一つの戦いを終えた脱力だったのか。

 俺は空を見上げ、あの夜に父さんと交わした対話を思い出していた。


『健全とは言えない。ひどく歪で、光の当たらない水溜まりのように澱んでいるんだ。……でも、壊れていない。見事にね』


 親から突きつけられた、痛いほどの現実。

 社会のルールから外れ、倫理を逸脱し、自分たちを守るために他者を利用する。

 ひどく歪で、澱んでいる。


 ――だが、それが俺たちだ。


 俺が選び、俺が招き入れた。彼女たちもまた、すべてを懸けて俺に寄りかかることを選んだ。

 もう、引き返す選択肢などどこにもない。

 今年の十二月。それぞれの親と、社会という最大の壁を打ち破り、この場所を永遠のものにするために。


「……入ろうか」

 俺がそう声をかけると、彼女たちはそれぞれに笑みを浮かべて頷く。


 冷たい冬の空気の中で、俺の決意は、より鋭く、硬く、形を成していた。

 俺たちは踵を返し、社会の冷たい風を遮断するように、歪で愛おしい箱庭の扉を固く閉ざした。

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