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四人でいることが、日常だった ――名前のない楽園――  作者: いもたにし
第七章 最適化された依存、完成された生態系
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形骸化した儀式

 ――side. 井神 智里――


 翌日の午後。

 私たちは予定通り、凉が通う高校の応接室に足を踏み入れていた。


 長机を挟んで、対面に座る四人の教師たち。

 二年A組担任の佐藤先生。学年主任の石川先生。生徒指導の高良田先生。そして、化学担当だが、生活指導も行っている嵐田先生。

 一人の生徒――とその関係者たち――の面談のために、これだけの教員が顔を揃えること自体が、彼らの校内での特異な立ち位置を示している。


「本日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございます」


 まずは担任の佐藤先生が、やや緊張した面持ちで口火を切った。

 そこから始まったのは、凉たち四人の学校生活や、昨日の家庭面談でも確認した成績、そして進路希望についての詳細なすり合わせだった。


 報告は、異様なほどスムーズに進んだ。

 あまりにも、スムーズすぎた。


「以前、一部の生徒による"悪質な張り紙事件"がありましたが……これについては生徒指導部と連携し、迅速かつ徹底的に処理を行いました」


 嵐田先生と高良田先生が、手元の資料を見ながら当時の顛末を説明する。


「首謀者には厳重な指導を行い、その後の経過も我々が監視しております。井神君たちに実害が及ぶようなことは、二度とさせません」


 高良田先生のその言葉には、教育者としての義務感というより、どこか"忠誠心"のような、異様なまでの熱意が滲んでいた。


「修学旅行についても、特筆すべきトラブルはありませんでした」


 続いて、佐藤先生と高良田先生から旅行中の報告が入る。

 班行動の様子、他生徒との関わり。どれもこれもが"完璧な優等生"としての振る舞いであり、まるで用意された模範解答を読み上げているかのようだった。


 一通りの報告が終わり、応接室に一区切りの静寂が落ちる。

 その時だった。


「――先生方、詳細なご報告をありがとうございます」


 隣に座る夫、和哉が、人当たりの良い笑みを浮かべて身を乗り出した。


「親としては安心するばかりなのですが……一つだけ、率直に伺いたいことがありまして」


 和哉は目を細め、四人の教師をゆっくりと見渡した。


「学校として、あるいは教育者として。……あの四人は、先生方の目に"どう"映っていますか?」


 成績や生活態度といった表面上のデータではない。彼らの本質的な異常性に、教師たちがどこまで気づいているのかを問う、鋭い一撃。


 それに最初に答えたのは、担任の佐藤先生だった。


「……そうですね。クラスの様子を見ている限り、それぞれに親しい友人もおり、孤立しているようなことはありません。非常に楽しい学校生活を送っているように見受けられます」


 当たり障りのない解答。

 だが、次に口を開いた嵐田先生の言葉は、少し毛色が違った。


「……私は過去に、生徒同士の閉鎖的な関係が原因で、取り返しのつかない崩壊を招いた事例を見てきました」


 嵐田先生は、両手を固く組み、言葉を選ぶように慎重に紡ぐ。


「当初は、井神君たち四人の関係にも、それと同じ危惧を抱いていました。……ですが、あの子たちは大丈夫なようです。少なくとも今は、互いを正しく支え合っていると、私は判断しています」


 生徒を深く見守る、熱心な教師の言葉。

 だが、その声の底に、私はわずかな"怯え"のようなものを感じ取っていた。


 最後に、学年主任の石川先生が静かに頷き、総括するように言った。


「成績が優秀なのは言うまでもありません。委員会活動もしっかりとこなし、進路に向けた活動にも誰よりも早く、真剣に打ち込んでいます。周囲を引っ張るリーダーシップも取れる……我々から見ても、非常に優秀で頼もしい生徒たちですよ」


「……なるほど。よくわかりました」


 和哉は満足そうに微笑み、深く頭を下げた。

 私もそれに倣い、面談は穏やかな空気のまま、何の問題もなく完了した。



 ――


 校舎を出て、冷たい冬の風が吹き抜ける正門を抜けたあたりで。

 和哉が、ふう、と大きく伸びをして、空を見上げた。


「……うん。見事に、教師まで手懐けてるね。すごいね、あの子たち」


 和哉のその言葉に、私は振り返り、背後にそびえる無機質な校舎を静かに見つめた。


「……ええ。本当に」


 私も、全く同じ空気を感じていた。

 あの四人の教師たちは、凉たちを"見守って"などいなかった。

 トラブルを未然に防ぎ、彼らの箱庭に外部の人間が干渉しないよう立ち塞がる、強固な"防波堤"として機能させられていたのだ。

 恐怖、負い目、あるいは歪な信頼。何をどうやってあの大人たちを縛り付けたのかはわからないが、息子の生存戦略は、学校という社会の縮図すらも支配していた。


(……本当に、恐ろしい子たちね)


 私が内心で深いため息をついていると、和哉がパンッと勢いよく両手を叩いた。


「さて! それじゃあ、僕にとっては一番の大仕事がこれからやってくるねぇ!」


 和哉は、先ほどまでの冷静な分析者の顔をかなぐり捨て、妙にハイテンションな声を上げた。


「智里、頼むからフォローしてよ!? 姉さんに日本刀で斬りかかられたら、僕、一瞬で真っ二つになっちゃうからね!?」


「……冗談を言っている場合じゃないでしょ。行くわよ」


 私は頭痛を堪えるようにこめかみを押さえ、半狂乱でおどける夫の背中を叩いた。


 教師たちの監査は、彼らの防衛網を確認するだけの儀式に過ぎなかった。

 あの異常なまでに最適化された箱庭が、これから先、本当に社会と折り合いをつけていけるのか。行く末に対する一抹の不安がないと言えば、嘘になる。


 けれど。


(……せめて、私たちが日本にいる間くらいは)


 私は足を止め、澄み切った冬の寒空を静かに見上げた。

 あの歪な子供たちの関係を――私たちが一緒に過ごせるこの短い時間だけは、ただの親として、あたたかく見守っていよう。


 密かにそう心に誓い、私は白く濁る息を一つ吐き出した。


「ほら和哉、さっさと歩きなさい。覚悟を決めるのよ」

「ひええ……お手柔らかにお願いします、お姉様……」


 情けなく肩を落とす夫の背中を押し、私たちは次なる大仕事へと向かって歩き出した。

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