歪みきった幸福の証明
――side. 井神 智里――
凉が二階へ上がり、入れ替わりで三人の少女たちがリビングへ降りてきた。
玲茄、茉依、悠希。
彼女たちが椅子に並んで腰を下ろすのを、私は静かに観察していた。
宮藤玲茄。彼女は相変わらずだ。優雅な微笑みを浮かべ、一切の隙を見せない。
だが、私が気にかかるのは他の二人だった。
中里茉依。彼女の愛らしい笑顔は以前と変わらないが、その奥にある凉への依存と狂信が、不気味なほど純度を増し、ひどく歪な形に固まっているのがわかる。
そして、中里悠希。以前、私の視線に怯え、震えていた少女はもういない。今は静かに、しかし確かな意志――あるいは凉への底知れない執着――をその瞳に宿し、真っ直ぐにこちらを見据えている。
私は小さく息を吐き、手元の三冊のノートから視線を上げた。
「さて。まずは、"二つの約束"についての確認よ」
「『四人の関係を崩さないこと』。そして、『この関係に恋人などの線を引かないこと』……ですね」
玲茄が、涼やかな声で私の言葉を引き継いだ。
「ええ。現状はどうなっているのかしら」
「もちろん、守られていますよ」
玲茄は微笑みを崩さず、はっきりと答えた。
「私たちは誰一人欠けることなく、そして誰一人、彼を独占しようとはしていません。全員が等しく彼を支え、彼に寄りかかっています。……そこに、美琴さんが加わった今でも」
「……そう」
これほどまでに倫理から逸脱した関係を、悪びれもせず、むしろ誇らしげに肯定してみせる。その異常な結束力に、私は再び軽い眩暈を覚えた。
「では、進路について聞かせてちょうだい。現段階でのあなたたちの希望は?」
私の問いに、今度は悠希がスッと背筋を伸ばして答えた。
「私たちは全員――凉くんと同じ国立大学へ進学するつもりです。ただ、学部は分かれています」
「全員で、同じ大学へ……」
私はあえて表情を変えず、ただ事実だけを反芻した。
(やはり、そういうことね)
凉が口にした『文学部で教員免許を取る』という言葉。そして、彼女たちが全員で同じ大学へ、かつ学部は異なるという事実。
――美琴が"指定校推薦"で既に合格が決まっている場所。
だが、私はここでそれ以上追及することはしなかった。
「……わかったわ。学業を疎かにしないよう、現状維持に努めなさい」
「はい」
「ありがとうございます、智里さん」
悠希と茉依が頷く。
これで面談は終わりかと思った、その時だった。
「――ねえ、一つだけ聞いてもいいかな」
これまで一言も発さず、ただ面白そうに紅茶を飲んでいた和哉が、ふとカップを置いて口を開いた。
声のトーンは、相変わらず飄々として軽い。だが、彼が身を乗り出した瞬間、リビングの空気がピンと張り詰めた。
和哉は、三人の少女たちの顔を順番に見つめ、極めてシンプルに、こう問うた。
「君たちは今、幸せかい?」
親にすらこの異常を突きつけ、社会の倫理を裏切り、自分たちの将来を犠牲にするかもしれない、この歪な関係。
その中心にいることを、本当に幸福だと思えているのか。
その本質的な問いに対し――。
「「「はい」」」
三人の声は、見事に重なった。
一切の迷いも、間もなかった。まるで息をするように当たり前のこととして、彼女たちは即答したのだ。
その顔には、ただ、凉という存在に自分たちのすべてを捧げているという、狂おしいほどの充実感だけが満ちていた。
「……そうなんだね」
和哉は数秒間三人の目を見つめ返した後、ふわりと緊張を解き、いつものようにニコッと笑った。
「さて、私からの確認は以上よ」
私は小さく息をつき、場を締めくくった。
「茉依さんと悠希さんは、二階から美琴を連れてきなさい。……玲茄さん、あなたはここに残って」
私の指示に、茉依と悠希は立ち上がり、「失礼します」と一礼して二階へと向かっていった。
「それじゃあ、僕は少し外を散歩してくるよ」
和哉が立ち上がり、軽く伸びをした。
「長旅で体がなまっちゃってね。ちょっと冷たい空気でも吸ってくる」
「ええ、いってらっしゃい」
私は軽く頷き、玄関へと向かう夫の背中を見送った。
リビングに残されたのは、私と玲茄の二人だけ。
そして間もなく、あの恐ろしく聡明な折崎の娘がここに加わる。
私は、この後に控える"女同士"の面談に向けて、静かに思考を研ぎ澄ませた。




