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四人でいることが、日常だった ――名前のない楽園――  作者: いもたにし
第七章 最適化された依存、完成された生態系
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手に負えない狂信

――side. 井神 凉――


「みこねぇ、悪いけど俺の部屋で待っていてくれないか。最初は俺たちの現状報告からなんだ」


俺がそう告げると、美琴は素直に「わかった」と頷き、階段を上っていった。


リビングに残ったのは、俺、玲茄、茉依、悠希の四人。そして対面に座る両親。

テーブルの上には、俺たちがこの数ヶ月間で記録してきた家計簿、四人分の成績表、そして同じデザインの三冊のノートが整然と並べられていた。


母さんは手にした資料を一つずつ、弾くようにめくっていく。

あの数か月前の面談の時と、全く同じ光景。

だが、あの時リビングを満たしていた、俺たちの息を詰まらせるような恐怖や焦りは、今の俺たちには一切ない。


「……生活費の収支、相変わらず完璧ね。一切の無駄なく回っている」


母さんの冷徹な瞳が、家計簿の数字をなぞっていく。

やがて、彼女の視線がある一点で不自然に止まった。

母さんはスッと静かに目を閉じ、ため息を殺して家計簿を閉じた。


次に、学生の本分である学業、成績表へと移った。


「……凉が学年一位、玲茄さんが二位、茉依さんが三位、悠希さんが四位」


母さんは顔を上げ、俺たち四人を順番に見渡した。

その視線は、かつてのような疑念ではなく、明確な評価を帯びていた。


「上位を四人で独占しているのね。……本当によくやっているわ」


それに答えたのは、かつてこの場で母さんの視線に射すくめられ、しどろもどろになっていた悠希だった。


「ありがとうございます。……先生方とも密にコミュニケーションをとって、わからない部分は確実に潰しています」


悠希は一切の怯えを見せず、凛とした声で堂々とそう言い切った。

母さんは、見違えるように自信に満ちた悠希の姿に、少しだけ圧倒された様子で目を丸くする。


「次は学校生活ね。文化祭はどうだったの?」

「はい! りょーくんと私が、実行委員として頑張りました!」


茉依が明るい声で身を乗り出す。


「美琴さんが生徒会長として全体をまとめてくれて、大成功だったんです。……実は私、気負い過ぎちゃって、りょーくんや美琴さんにすごく迷惑をかけちゃったんですけど」


茉依はそこで一度言葉を区切り、俺の顔を見て、それから母さんへ満面の笑みを向けた。


「でも、すごくいい経験になりました! だから、もう大丈夫です!」


屈託のない、愛らしい笑顔。

だが、その笑顔の奥に張り付いている、強固すぎる狂信と歪み。

母さんは、茉依をしばらくじっと見つめた後、何かを読み取ったように「……そうなのね」と静かに目を落とした。


「……わかったわ。あなたたちの現状は、十分に理解できた」


母さんは資料をテーブルに置き、小さく息をついた。


「玲茄さん、茉依さん、悠希さん。あなたたちは凉の部屋へ。……美琴をここに呼んできてちょうだい」


三人は「はい」と短く応え、立ち上がった。

すれ違いざま、玲茄が俺の肩にポンと軽く手を置き、そのまま二階へと上がっていく。


入れ替わるように降りてきた美琴が、俺の隣、先ほどまで玲茄が座っていた場所に腰を下ろした。


「……さて」


母さんが、冷ややかに、だがかつてないほどの緊張感を孕んだ声で切り出した。


「折崎の娘であるあなたが、なぜ息子の、この箱庭の中に入り込んでいるのか。……説明してもらえるかしら」


母さんの追及に、父さんは黙って紅茶を飲みながら、面白そうに目を細めている。

美琴は姿勢を正し、生徒会長の顔――いや、ひとりの女としての顔で、両親を真っ直ぐに見据えた。


「……理由を問われれば、私が凉を欲したからです」


一切の迷いがない、透き通った声だった。


「彼ら四人の関係が、一般的な倫理から大きく逸脱していることは、重々承知しています。そして、そこに入り込んだ私自身も、狂った選択をしているという自覚はあります」


美琴はそこで言葉を区切り、隣に座る俺の腕に、そっと自分の手を添えた。


「ですが、後悔はありません。……私は、自分のすべてを懸けて――彼に支配されることを選びました」

「……っ」


母さんが、信じられないものを見るように息を呑んだ。


「優秀なあなたなら、この関係が破綻するリスクが高いことを、理解できるはずでしょう?」

「ええ。ですが、破綻などさせません」


美琴の瞳に、ぞっとするほど暗く、熱い執念の炎が宿る。


「私が、させない。私の持つすべての手札を使ってでも、凉が大切にしているこの"場所"を、社会から守り抜いてみせます」


音が、消えた。


母さんは深く額を押さえ、絶句していた。


その、重く張り詰めた沈黙を破ったのは――。


「ひ、ひえええ……っ!」


父さんだった。

彼は大げさに身を縮こまらせ、心底恐ろしいものでも見たかのようにブルブルと首を振った。


「す、すごい執念だ……! これ、姉さんにバレたら絶対僕のせいにされるよね!? 殺されるんじゃないかな!? あははは、どうしよう!」


全く深刻さの欠片もない、おどけたような笑い声。


――笑っているのは、声だけだった。

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