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四人でいることが、日常だった ――名前のない楽園――  作者: いもたにし
第七章 最適化された依存、完成された生態系
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美しく歪な生態系

――side. 井神 凉――


十二月二十六日、午後一時過ぎ。

冬の柔らかい日差しが差し込むリビングで、俺たちはその時を静かに待っていた。


やがて、家の前に一台のタクシーが停まる音が響く。

車のトランクが閉まるくぐもった音に続き――ピンポーン、と。静まり返った家の中に、チャイムの音が鳴り響いた。

家主からの「入るぞ」という合図。直後、玄関の扉からガチャリと重い音が落ちた。


俺はソファから立ち上がり、玲茄、茉依、悠希、そして美琴を引き連れて、玄関の廊下へと向かった。


「やあやあ、ただいま。……おや、これはすごい歓迎っぷりだね」


開かれた扉の向こうから最初に顔を出したのは、飄々とした笑みを浮かべる男――俺の父、井神和哉(いがみかずや)だった。

海を渡ってきた長旅の疲労など微塵も見せず、その足取りは軽く、どこか掴みどころのない風体をしている。だが、細められたその目の奥には、目の前の事象をすべて数値化して値踏みするような、無機質で鋭い光が潜んでいた。


その後ろから、カツ、とヒールの音を響かせて母さん――井神智里(いがみちさと)が姿を現す。

仕立ての良いコートを着こなし、隙を感じさせない冷徹な佇まいは相変わらずだ。


「お帰り、父さん、母さん」


俺が一切の気負いなく堂々と出迎えると、母さんはわずかに目を見開き、俺と、その後ろに控える四人の少女たちを順番にねめつけた。


「……ただいま、凉。ずいぶんと、顔つきが変わったわね」


母さんのその言葉には、純粋な驚きが混じっていた。

前回彼女が帰国した際、俺たちは必死に自分たちの関係を取り繕おうとしていた。だが今は違う。玲茄も、茉依も、そしてあの時最も怯えていた悠希でさえ、涼しい顔で凛と背筋を伸ばし、両親の威圧感を正面から受け止めているのだ。


「そうかい? 僕はなんだか、すごく立派な"王様"と、強かな"お妃様たち"に見えるけどなぁ。……おや」


父さんの視線が、俺たちの最後尾で優雅に微笑む美琴でピタリと止まる。


「うわっ、みこちゃんもいるじゃないか! え、待って。僕が帰ってきたこと、姉さん(美琴の母)にバレてる? あとで訪問して驚かせようと思ってたのに!」


大げさに頭を抱え、おどける父さん。

その大仰なリアクションに、美琴はふふっと上品に微笑んだ。


「お久しぶりです、かずおじちゃん。安心してください、母には『凉ちゃんたちのところに行ってくる』とだけ伝えてありますから」

「そ、そう? ならいいんだけど……。まったく、君がここに居るってことは、事態は僕が想像していた以上に"面白いこと"になってるみたいだね」


父さんはニコニコと笑いながら、冗談めかした口調で核心を掠めてくる。


「立ち話もなんだ。中に入ってくれ。お茶を淹れるから」


俺が促すと、両親は靴を脱ぎ、俺たちの"名前のない楽園"へと足を踏み入れた。



――


リビングへと移動し、ダイニングテーブルを挟んで対面で座る。やがて、悠希が手際よく淹れてくれた紅茶が、それぞれの前に静かに置かれた。


母さんはテーブルの上に両手を組み、冷徹な目で俺たちを射抜いた。


「……さて。前回の帰国から今まで、あなたたちがどういう風にこの家で過ごしてきたか。そして、なぜそこに美琴が加わっているのか」


ピリッとした空気が場を支配する。


「電話で報告は受けていたけれど、実際にこうして顔を合わせてみると……色々と聞きたいこと、確認しなければならないことが山ほどあるわ」

「まあまあ、智里。長旅で疲れてるんだし、いきなり詰問みたいなのはやめようよ」


鋭く切り込もうとする母さんの言葉を、父さんが飄々と遮り、緊迫しかけた空気をふにゃりと歪めた。


「彼らには彼らなりの、立派な"生態系"ができあがってるみたいだしさ。……でも、すごいね」


父さんはカップから立ち上る紅茶の湯気越しに、俺たち五人の顔を面白そうに眺めた。


「僕が帰ってきたのは約一年前だけど、その時より、ずっとこの家の空気が……なんていうか、濃い。息が詰まるくらいに、ひどく歪で、美しく完成されている。君たち、本当にすごいバランスで立っているんだね」


父さんはニコニコと笑いながら、容赦のないメスで俺たちの本質を切り裂いてくる。

母さんの論理的で冷徹な指摘と、父さんの軽口に偽装された鋭い観察眼。

この二人が揃うと、常にペースを乱され、足元をすくわれそうになる独特の空気が形成される。


以前の俺なら、この空気に飲まれ、冷や汗が止まらなかっただろう。

だが、今の俺はもう動じない。


「……色々言いたいことはあるだろうけど。まずは一息ついてくれよ。長旅で疲れてるだろ?」


俺が両親のペースに巻き込まれず、静かに、だが確かな圧力を持ってそう告げると。

三人の少女と美琴もまた、俺に寄り添うように、一切の揺らぎを見せずに両親を見つめ返した。


母さんは少し驚いたように息を呑み、父さんは「おや」と、心底楽しそうに目を細めた。


「頼もしいね。それじゃあ、お言葉に甘えようか」


父さんがカップに口をつける。

静寂の中、時計の針の音だけがリビングに響いていた。


ここから始まるのは、親と子の対話ではない。

俺たちが築き上げた箱庭の"ありのまま"を、大人たちに突きつけるための闘いだ。

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