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四人でいることが、日常だった ――名前のない楽園――  作者: いもたにし
第七章 最適化された依存、完成された生態系
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迎撃のイブ

七章スタートします。

――社会の(ことわり)から外れ、倫理を歪め、ただ互いの存在だけを拠り所にして組み上げた、俺たちだけの生態系。

光の当たらない水溜まりの底で、俺たちは静かに、その"審判の日"を待っていた。



――side. 井神 凉――


十二月二十四日。

外は凍えるような寒さだったが、俺の家のリビングは、賑やかな熱気と色鮮やかな料理の匂いに包まれていた。


「……いや、本当に驚いたぞ。まさか"元"生徒会長様が、俺たちのクリスマスパーティーにいるとはな」


グラス片手にどこか戸惑ったような声を上げたのは、今回のパーティーの立案者である隆一だ。

その隣に座る白峰も、「うん、びっくりした……」と目を丸くして頷いている。


今年のクリスマスパーティーの参加者は、俺、玲茄、茉依、悠希のいつもの四人に加え、隆一と白峰。そして――


「ふふっ。今日は無礼講ということで、私も混ぜてもらっているんだ」


そう言って上品に微笑む、折崎美琴の七人だ。


「ほら凉ちゃん、あーん」

「ちょ、ちょっと会長! いきなりそれは反則ですよ!」

「おや、茉依ちゃん。私はただ、凉ちゃんにサラダを取り分けてあげただけだが? それにもう私は会長ではないよ」

「そのフォークを直接りょーくんの口に運ぼうとするのがダメなんですー!」


俺の右腕に抱きつきながら美琴を威嚇する茉依と、それに涼しい顔で応戦しながら俺にすり寄ってくる美琴。


そんな俺たちの様子を数分間黙って観察していた隆一と白峰は、やがて顔を見合わせ、「まじなのか……」と全てを察したような顔になった。


「……お前、本当に"ろくでなし"になっちまったんだな」

「……否定はしないさ」


隆一からの心底呆れたような、しかしどこか安心したような視線を受け、俺は肩をすくめた。

だが、隠すつもりは最初からなかった。これが今の俺たちの、ありのままなのだから。


ワイワイと他愛のない会話を交わし、テーブルいっぱいに並んだご馳走を平らげ、プレゼント交換で盛り上がる。

誰もが心から笑い合う、最高に楽しい聖夜の時間は、あっという間に過ぎ去っていった。


「さて、そろそろお開きにするか。片付け、手伝うぞ」

「ああ、悪いな」


全員で手際よくテーブルの上を片付け終え、隆一と白峰、そして美琴が帰り支度を始めた、その時だった。


「――美琴さん」

「ん?」


茉依と悠希が、スッと両側から美琴の腕をホールドするように掴んだ。


「今日はこのまま、泊まっていきませんか?」

「えっ……!?」


悠希の唐突な提案に、美琴が素っ頓狂な声を上げた。


「だって、りゅーいちとゆーかちゃんはこれから一緒に居るんだろうし。ねえ、悠希?」

「はい。それに、美琴さんとはもう少し"お話"したいこともありますから」

「あ……いや、しかし、私の着替えとか……」


動揺して視線を泳がせる美琴に、茉依が「私の貸しますよ!」と満面の笑みで追い討ちをかける。

すると美琴は、ほんの一瞬だけ俺の顔を見て何かを確認した後、パァッと花が咲いたように表情を崩した。


「い、家に電話してくるぅぅぅっ!!」


普段の彼女からは想像もつかないような弾んだ声を出して、美琴はリビングから廊下へと飛び出していった。


「……」


その光景を呆然と見送った隆一と白峰は、ゆっくりと俺に視線を戻した。


「……お前、本当に刺されないように気をつけろよ」

「井神くんのキャパシティ、どうなってるの……?」


二人の心からの忠告に、俺は「善処するよ」とだけ返し、苦笑いとともに二人を玄関まで見送った。



――


「気をつけて帰れよ。メリークリスマス」

「おう、またな」


バタン、と玄関のドアが閉まり、隆一と白峰の気配が遠ざかっていく。


その瞬間。

俺たちの間に漂っていたクリスマスの浮かれた空気が、ふっと霧散した。

全員の顔から甘さが消え、研ぎ澄まされた刃のような顔へと変わる。


俺たちは一切の言葉を交わすことなくリビングへと戻り、ダイニングテーブルの席に着いた。

電話を終えて戻ってきた美琴も、空気を察して静かに着席する。


「……明後日だな」


十二月二十六日。俺の両親が、海の向こうからこの家に帰ってくる日だ。


前回、母さんである井神智里が帰国した時にリビングを支配していた、あの首を絞められるような張り詰めた空気や恐怖は、今の俺たちには微塵もない。

特に悠希は、あんなにビクビクと怯えていたのが嘘のように、今はスッと背筋を伸ばし、強い意志を宿した瞳で俺を見つめている。

この数ヶ月で、俺たちは決定的に"変質"したのだ。


「小細工は、もう一切いらない」


俺は全員の顔をゆっくりと見渡し、はっきりと告げた。


「あの二人に、俺たちのありのままを見てもらう。そして、自分たちの気持ちを真っ直ぐに言えばいいんだ」


俺の覚悟の言葉に、玲茄、茉依、悠希の三人は深く、力強く頷いた。

美琴は静かに目を閉じ、俺の言葉に耳を傾けている。


「みこねぇ」

「……うん」

「みこねぇには今回、表立って何かをやってもらうことはないと思う。ただ、俺たちの"手札"として組み込んでいることが、向こうに伝わればいい」


俺がそう指示を出すと、美琴はゆっくりと目を開け、「わかった」とだけ短く答えた。

多くを語らずとも、彼女ならその意味と立ち回りを完璧に理解してくれる。


「……あとは、父さんなんだけど」


俺は少しだけ眉をひそめ、言葉を継いだ。


「正直、あの人がどんなことを言ったり、どんな行動に出たりするのか、全く想定できない。だから、父さんのペースに飲み込まれないようにだけ、気をつけてくれ」

「ふふっ……ほんと、そう言うしかないよね。あのかずおじちゃん相手じゃ」


美琴が小さく笑いながら肯定する。

理詰めの母さんとは違い、父さんは底の知れない男だ。だが、どんな手を使われようと、俺はこの箱庭を誰にも壊させるつもりはない。


「よし。話はこれでおしまいだ」


俺がパンッと手を叩いて空気を緩めると、会議は終了した。


「それじゃあ、じゃんけんしよっか!」

「今日は負けません」


玲茄、茉依、悠希の三人が、いつものようにキャッキャと俺と一緒に風呂へ行く権利を決め始める。


「わ、わたしも混ざりたいな……!」


美琴がウズウズしたように立ち上がりかけたが。


「「ダメです」」

「うぅ……」


茉依と悠希に冷たく即答され、美琴はしゅんと肩を落としてソファに座り直した。

そんな美琴の姿を見て、玲茄がふふっと微笑みながら歩み寄る。


「お風呂は諦めて下さいね。……だけど、今日はクリスマスイブだから、こんなものを用意してみたの」


玲茄はそう言って、背後に隠し持っていた小さめの紙袋を、美琴の膝の上にコトンと置いた。


「ん……? なんだい、これは……」


美琴が不思議そうに紙袋の中を覗き込む。

直後、彼女の目がわずかに見開かれ、そして……極上の、ひどく艶めいた笑みがその唇に浮かんだ。


「へえ……。玲茄ちゃん、これはなかなか"攻めてる"ねぇ」


美琴は紙袋を抱き寄せながら、チラリと、熱を帯びた視線で俺を見た。

その視線の意味と、玲茄が何を用意したのかを察し、俺の胸の奥でドクンと心臓が跳ねる。


「……ったく」


俺は呆れたように息を吐きながらも、これから訪れる聖夜の甘く危険な時間に、抗いようのない渇きが静かに熱を帯びていくのを感じていた。


明後日、ついに両親との邂逅の時が来る。

だがその前に。今夜はただ、俺のすべてを肯定してくれる彼女たちと、この深くて狂おしい夜を楽しみ尽くそう。


冷たい冬の夜空の下。

俺の決意は、甘い熱情とともに静かに研ぎ澄まされていった。

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