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四人でいることが、日常だった ――名前のない楽園――  作者: いもたにし
第六章 檻を抜け出した獣、狂気を溶かす甘き許容
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朝の軽口と、ろくでなしの所有宣言

――side. 井神 凉――


翌朝。

まだ誰も起きていないような、静まり返った早朝のホテル。


カチャリ、と音を立てて、俺は女子フロアにある部屋のドアを静かに閉めた。

ベッドには、まだ深い眠りについている玲茄、茉依、悠希の三人がいる。俺の中で暴れ回っていたどす黒い感情は、彼女たちの熱と甘い言葉によって完全に解され、今は確かな"支配の証"として俺の胸の奥底に静かに鎮座していた。


ふぅ、と小さく息を吐き、自分の部屋へ戻ろうと廊下を歩き出した、その時だった。


カチャリ。

数メートル先の、白峰と隆一が入っていった部屋のドアが開き、そこから見慣れた長身の男が姿を現した。


「……お」

「……」


俺と隆一は、薄暗い廊下の真ん中でバッチリと目を合わせた。

お互いに、自分の部屋ではない場所から、朝帰りのタイミングで鉢合わせるという絶妙な状況。


隆一は、俺の顔をじっと見つめた後、ニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「……顔、変わったな。スッキリして解決したか?」


その言葉には、俺が抱えていた感情の揺れが、無事に収まったことへの安堵が含まれていた。そして同時に「お互い、夜の時間は充実していたようだな」という男同士の揶揄いも。


「……うるせぇ」


俺は短く軽口を叩き返し、隆一の隣に並んだ。

俺たちはそれ以上深いことは聞かず、ただ肩を並べて男子フロアへと続く階段を上っていく。


自分たちのフロアに到着し、廊下を曲がろうとした時だった。


「おや、早いな」


またしても、前方に見慣れたシルエットがあった。生徒指導の高良田だ。

一体いつからいつまで見回りをしているのか、もはや呆れるほどの執念だが、今のこいつは俺たちにとってこれ以上なく都合のいい"門番"だ。


高良田は、俺の顔をチラリと見て、何かを察したように小さく頷いた。


「悩みは解決したか。……今日も楽しみなさい」


すれ違いざまに落とされたその声に、俺は「ええ、おかげさまで」とだけ返し、自分たちの部屋へと戻ったのだった。



――


修学旅行、二日目。

今日は一日、班ごとの自由行動だ。


俺たち六人の班は、京都の街並みを満喫すべく、事前に組んでいた(そして今日の朝食時に最終確認した)ルートを順調に巡っていた。


「わあ、すっごく綺麗……!」

「茉依、走ると転ぶわよ。ほら、写真撮ってあげるからそこに立って」

「悠希、あそこの抹茶スイーツ美味しそう! 後で行こ!」

「いいですね。お昼ご飯の前なので、少しだけなら」


清水寺の舞台から景色を見下ろし、風情ある石畳の坂道を歩く。

昨日の夕食時に漂っていた重苦しい空気は完全にどこかへ消え去り、そこにあるのは、ただ全力で非日常を楽しむ高校生たちの眩しい姿だった。


俺自身も、驚くほど心が軽い。

自分の内にある"獣"から目を背けず、それも自分の"一部"なのだと受け入れられたことで、他人の目や周囲の雑音が一切気にならなくなっていたのだ。


昼過ぎ。有名な神社の近くにある、賑やかな土産物屋の通りを歩いていた時のことだ。


「悪い、ちょっと飲み物買ってから行く。先見ててくれ」

「あ、俺も買うわ」


俺と隆一が少しだけ列から離れ、自販機でペットボトルのお茶を買って戻ろうとした時だった。


「――ねえねえ、君たちも修学旅行? どこの高校?」


前方を歩いていた女子四人の前に、またしても別の高校の男子生徒たちが立ち塞がっていた。

今度は三人組だ。観光地で浮かれているのか、玲茄たちをナンパしようと必死に声をかけている。


「昨日と同じパターンか……」

隆一がため息をつき、心配そうに俺の顔を窺ってきた。俺がまたキレて暴走するのではないかと思ったのだろう。


だが、今の俺は、昨日とは全く違う。

自分の中に沸き起こる独占欲を、怒りではなく、"余裕"として出力することができる。


俺は真っ直ぐに歩み寄り、玲茄たちの前にスッと立ち塞がった。

そして、ナンパしてきた他校の男子たちを見据え、極めて冷静な、だが一切の反論を許さない圧を込めて告げた。


「すまない、こいつらは俺のなんだ」


ドストレートな、所有の宣言。

怒鳴りつけるわけでもなく、ただ"事実"を突きつけるような俺の態度と威圧感に、男子三人組はギョッとしたように目を丸くした。


「あ、いや……彼氏持ちかよ。わりぃ……」


圧倒的な"所有者"としてのオーラに気圧されたのか、彼らはそそくさとその場から逃げるように立ち去っていった。


「……ふぅ。ったく、少し目を離すとこれだ」


俺が呆れたように肩をすくめて振り返ると。

守られた玲茄、茉依、悠希の三人は、顔を真っ赤にして、トロけそうなほど嬉しそうな瞳で俺を見つめていた。


そんな甘ったるい空気が流れかけた、その時。


「……堂々としててカッコいいんだけど」


少し離れた場所から、白峰がジト目で俺を指差した。


「そこだけ聞くと、ただのろくでなし男みたいだよ、井神くん」


「っ……!」

「ぶっ……あははははっ!!」


白峰の身も蓋もない、しかし的確すぎるツッコミに、隆一が堪えきれずに吹き出した。

それに釣られるように、茉依も悠希も、そして玲茄も、腹を抱えて笑い始めた。


「三人を『俺の』って……確かに、字面だけ見たら最低のクズ男ね、凉」

「りょーくん、ろくでなしになっちゃったねぇ」

「ふふっ……でも、私はろくでなしの凉くんも大好きですよ?」


「おい、お前らな……」


俺も思わず苦笑いをして、頭を掻いた。

秋の高く澄んだ空の下、周囲の観光客が振り返るほど、俺たちはいつまでも六人で笑い合っていた。


ろくでなしの俺と、それを嬉しそうに許容する彼女たち。

だが、全部ひっくるめて、これがこの四人の、最高に楽しくて愛おしい"異常(にちじょう)"だった。

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