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四人でいることが、日常だった ――名前のない楽園――  作者: いもたにし
第六章 檻を抜け出した獣、狂気を溶かす甘き許容
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許された領域と、非日常への切符

――解き放たれた獣が恐れるのは、罰ではない。

剥き出しの牙すらも愛撫して飼い慣らす、底なしに甘い許容だった。



――side. 井神 凉――


日曜日の夕方。

俺はリビングのソファに深く背中を預け、ぼんやりと白い天井を眺めていた。


いよいよ明日、月曜日から三泊四日の修学旅行が始まる。

午前中、四人で旅行の最終確認を行い、昼食を一緒に食べた後、茉依、悠希、そして玲茄の三人は、それぞれ荷造りをするために自宅へと戻っていった。

俺も先程、荷物の準備が終わった。あとはもう、明日を待つだけだ。


「……コーヒー、入ったぞ。凉ちゃん」


不意に、キッチンの方から落ち着いた声がした。

視線を向けると、マグカップを二つ持ち、髪を下ろした美琴が、静かな足取りでこちらへ歩いてくるところだった。


「ありがとう、みこねぇ」


俺が体を起こしてカップを受け取ると、美琴は俺の隣に腰を下ろし、ふう、と小さく息をついた。


あの休日に出掛けた日。美琴の部屋で、俺は彼女に"条件付きの許容"を与えた。

それは、『家に誰も泊まらない日』で、『四人の領域に痕跡を残さない』こと。

これらが揃った時間なら、俺の隣にいることを許す、というルールだ。


もちろん、そんな日は滅多にないし、三人が帰ったあとに、彼女が来る余裕もない。今日のような様々な条件が重なった、特別な日がない限り。

美琴は聡明だ。自分が踏み込んでいい領域、許されている距離感のすべてを把握し、俺の定めた境界線を決して越えようとはしない。


この関係が始まったことは、三人には伝えていない。

ただ、玲茄だけはすでに感づいている気がするが、彼女はそれを黙認――あるいは、面白がって静観しているのだろう。


「まさか、こんなに早く機会があるとは思わなかったよ」


美琴はコーヒーを一口飲み、少しだけ嬉しそうに目を細めた。


「明日から、三泊四日だな。……楽しんでおいで。君たちにとっても、大切な時間になるだろうから」

「うん。まあ、何事もなく終わればいいんだけど」

「ふふっ。玲茄ちゃんのことだ、何事もないはずがないだろう」


美琴はカップを持ったまま、からかうように俺を見た。


「高良田あたりを使って、宿泊先に細工でもしたんじゃないか?」

「……よくわかるね」

「伊達に生徒会長をやっていないからな」


図星を突かれ、俺は思わず苦笑した。

今回の修学旅行のホテルは二人部屋で、俺たち六人の班は二人ずつ三部屋に分かれている。当然、男女の部屋はフロアごと離れているのが普通だ。

だが玲茄は、弱みを握っている高良田を動かし、夜間に教師が巡回する経路の担当を彼にすり替えた。

その結果、他の教師の目に触れることなく、俺と隆一の部屋と、女子四人の二部屋を移動できるルートが確保されている。


「おお、こわいこわい」


美琴は大げさに肩をすくめ、わざとらしく笑ってみせた。


「まあ、君たちが君たちなりに青春を謳歌するのなら、私から口出しすることはないさ」


美琴は残りのコーヒーを飲み干すと、コトリとローテーブルにカップを置いた。

そして立ち上がったかと思うと、ソファに座る俺の正面へ向き直り――そのまま、俺の膝の上に跨るようにして座り、首に腕を回してぎゅっと抱きついてきた。


「みこねぇ」

「……ゆっくりと、こんなふうにできる日を、ずっと待ってたんだ」


俺の肩口に顔を埋め、美琴が愛おしそうに呟く。

学校で見せる完璧な生徒会長の顔でも、かつての絶対的な姉の顔でもない。俺の支配を静かに受け入れ、その中で自分の居場所を満喫している、ひとりの艶やかな女性の顔だった。


しばらくの間、夕暮れの静かなリビングで、俺たちは言葉もなく互いの体温を確かめ合った。

やがて、美琴が名残惜しそうに体を離し、ふと思い出したように口を開いた。


「ああ、そういえば、伝え忘れていたんだが」

「なに?」

「この間、智里さんに連絡を取ってね。私と凉ちゃんの現状……しっかり説明しておいたぞ」


ピシリ、と。

俺の思考が、一瞬フリーズした。


「……は?」

「数秒無言のあと、『年末に帰国したら、凉にたっぷり詳しく話を聞くわ』と息巻いていた。楽しみだな、凉ちゃん」

「……なんてこった」


美琴の清々しい笑顔を前に、俺は両手で深く頭を抱えた。

……いや、今は考えないでおこう。年末のことは、年末に考えればいい。



――翌朝。


まだ薄暗い、早朝の駅前広場。

大きな旅行用バッグを持った生徒たちが、次々と集合場所に集まってくる。


「りょーくん、楽しみだね!」

「新幹線、久しぶりです」

「隆一と優花はどこかしら?」


四人で並んで点呼の列に向かおうとした時、離れた柱の陰から、コートを着た美琴が小さく手を振っているのが見えた。


彼女は口パクで『いってらっしゃい』と微笑み、そのまま踵を返して去っていく。


日常と、非日常。

俺は小さく息を吐き、隣で笑う茉依たちと一緒に、修学旅行の喧騒の中へと足を踏み入れた。

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