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四人でいることが、日常だった ――名前のない楽園――  作者: いもたにし
第五章 名前を奪う光、歪に癒着する箱庭
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私を証明するもの、私を殺すもの

――side. 中里 茉依――


洗面台の鏡の前に立つと、いつも少しだけ息が詰まる。

鏡に映る自分の顔を見るたびに、私ではない"もう一人の私"と目が合っているような錯覚に陥るからだ。


「……落ち着け、私」


蛇口から冷たい水を出して、両手で顔を洗う。

タオルで水気を拭き取り、もう一度鏡を見た。

茶色く染めた髪。少しだけ巻いた毛先。ゆきとは違う、私だけのシルエット。

ちゃんと、私は私だ。中里茉依だ。

そう自分に言い聞かせないと、足元から砂のように自分の輪郭が崩れていくような恐怖に襲われる。


『中里姉は無理しないようにな』


ふと、生徒会長――折崎美琴の、あの大人びた微笑みと声が脳裏にフラッシュバックした。

その瞬間、心臓が嫌な音を立てて跳ねた。


『中里姉』。

それは、私から名前を奪う呪いの言葉だ。


幼い頃から、私とゆきは「双子だから」という理由で、あらゆるものを強制的に共有させられてきた。

同じ服、同じ髪型、同じ習い事、同じおもちゃ。

親戚のおじさんも、近所の人たちも、誰も私を「茉依ちゃん」とは呼ばなかった。いつも「双子ちゃん」か、「お姉ちゃんの方」だった。


小学校の高学年になった頃、私はそれがひどく息苦しくなった。

「違う服が着たい」「違う髪型にしたい」と両親に泣いて頼んだこともある。でも、返ってくるのはいつも同じ言葉だった。

『双子なんだから、一緒の方が可愛いでしょ?』

『お姉ちゃんなんだから、我慢しなさい』


私という人間は、"中里家の双子の片割れ"という役割しか与えられていなかった。

中学一年生の後半、そのストレスで私は一度、心が壊れかけた。

自分が何をしたいのか、何が好きなのか、自分が誰なのか、何も分からなくなった。部屋の隅で、ただ息をしているだけの空っぽの器。


そんな底なしの泥沼から私を引っ張り上げてくれたのが、りょーくんだった。


彼は、私を"双子"として見なかった。

私の明るさを、私の気配りを、私自身のものとして真っ直ぐに見てくれた。

れなっちが私たちをまとめ、ゆきが静かに寄り添う中で、私は、四人の温度を保つ、という役割をもらえた。

りょーくんの隣で笑うこと。それだけが、私だった。


なのに。


「……どうしよう」


鏡の前で、震える声が漏れた。

会長が現れてから、私の役割は音を立てて崩れ始めている。


実行委員の仕事は、すべて彼女の"善意"によって奪われた。

私がりょーくんの役に立つ隙なんて、一ミリも残されていなかった。

さらに恐ろしいのは、彼女がりょーくんと共有している"過去"だ。ジオラマを作った話。泣きついてきたりょーくんを、彼女が助けてあげた話。

そんなの、勝てるわけがない。私たちが四人で築き上げてきた時間よりも、ずっと深く、ずっと強固な絆がそこにはある。


会長にとって、私は「りょーくんの隣で笑う茉依」ではない。

ただの『中里姉』。


「嫌だ……」


両腕で自分を強く抱きしめる。

今日、れなっちに『少し疲れてしまったのね』と焦りを見透かされた。

外でも、内側でも、私の居場所がどんどんなくなっていく。

また、あの空っぽの器に戻ってしまう。

誰の目にも映らない、ただの"双子の片割れ"に。


「私、なんかしなきゃ……りょーくんのために、なんかしなきゃ……っ」


過呼吸のように荒くなる息を必死に殺しながら、私は洗面所の床にうずくまった。

私が壊れたら、りょーくんは悲しんでくれるだろうか。

それとも、完璧な会長がいれば、空っぽになった私なんて――


もう、いらないの?


鏡の中の私が、ひどく歪んだ顔で泣いていた。

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